勘違いされることが多く、きちんと述べておきたいのは私が本好きだということは一切ない。ただし興味のあることなら別問題。
今度は佐渡島へ行ってきたようだ。誰も入らないような場所へ足を踏み入れると大地の呼吸を感じるんだとか。たらい舟で渡っていたり、はたまた昆虫の道具をフルに駆使したり。当初は、この吸い込んでいるチューブ状のモノは何だ?とか、このハエ取り機のような網は何だ?とか、いろいろ気になってしまった。御年84歳にして、すぐ見つけてはヒョイと手が出てくる。経験だろう。
このように養老孟司教授からは散々、学んだ。特にアレコレ教わった訳でもない。自分にとっては、これが一番だと思ったからなのである。子供は外で遊んだほうがいい。大人になっても、たまに外に出て大地の呼吸を感じた方がいい。遊ぶとは言っても、ただ単に遊んだ経験ではなく考えるキッカケを作る。物事は、それほど簡単に上手く行く訳ではない。知ることとは変わることだ。
現代人の精神年齢は、かなり幼稚だということが裏付けられる。ハンドルネームに君付けは別としても、こういったインターネットのサイト関連を毎日のように更新している。特に個人ブログは日本において残念な結果に陥っていると、かなり前から指摘されている。養老孟司教授が言うように小さい子供だったら分からなくもない。つまり「ぼくきのうこんなことしたんだよ!」というのが日記帳なのだ。別に誰かが見ている訳でもないのに自己主張ばかりということは承認欲求の塊以外の何物でもない。自分というのは発揮するのではなく、むしろ元からあるものだ。死生観にしても自分ではなく「二人称の死」を考えてみる。時には思い出して現実を理解しようとする。自分中心に生きていると、あまり良いことがない。そういう人こそブログで承認欲求を発揮する。
ブログでナンバーワンになっても、お金なんて出ないのにね。広告料だって微々たるモノで、かつて栄光を極めたほとんどのユーチューバーでさえ現在は路頭に迷っていると言うのに。自分は他者によって生かされていることを忘れてはならない。そもそも産経新聞の押し売りなんて、もってのほかだよ。そんなことコメント欄に入れられたの前代未聞だ。鎌倉において養老孟司と本郷和人教授が、どんなことをしているかなんてコチラはだいたい把握している。私は西日本出身なので東日本出身の人の考えが、よく分からない。岡山県出身の磯田道史先生も述べたことだが、なぜか茨城県は分家の子供が優秀で、お金がないと未だ本家から出すらしい。モノを動かすことが好きな我々、西日本出身としては「あーせのこーせーの」に従って動くよりも、もっと壮大な夢を見る人が多い。そして余計な出費をすると嫁に「家計が火の車になるでしょ!」と怒られてしまう。常に自分中心ではなくて相手のことも考えようよ。京都で栄華を極めた平安貴族のように花見でもすればいい。昔は梅だけど今は桜。お金は自分のためのステップアップとして使う。世間に還元をする。桜を見に湘南モノレールで鎌倉山へ、そしてローストビーフ。優雅な贅沢がいちばん。
【ニューソース】





















































