お手紙ののつもりで書いてる
に、こんなことを書いた。
うちのれいちゃんは、
心屋を学んでもお金が入ってこない人もいる。
うまくいく人といかない人の違い、
なんだと思う?
その違いは、「素直」かなあと感じる。
「こうしてみたらどう?」ということを
素直にやってみる。
理屈もわからず、うまくいく保証もない、けど、
やってみる。
ちょっと前の私は、
こういうこと言われると
「ああ、私は素直になれないからダメなんだ」と
落ち込んだよ。
この、
「私はこれじゃダメだ」を続けると
ダメな現状であり続ける。
落ち込んでいいから、続きを読んでね。
じゃあ、
素直になれる人となれない人の違いは?
本人の資質とは別に、
「そういう時期」がきた。
私は15年以上、うつで、
ほぼ寝たきりでひきこもりだった。
あるとき、
もーーーーーーーこんなのは嫌だ。
あったまきた。
一生寝てやる。こんこんと寝た。
(当時の私が一番やりたいことは
ひたすら寝ること)
トイレ以外何もしないくらいのつもりで寝た。
紙皿、割りばし、レトルトを
子供たちに買ってもらってひたすら寝た。
一週間ほどしたら
炊きたてのおいしいごはんを食べたくなった。
無洗米で炊飯器のスイッチを押すことができた。
そこから少しずつ動けるようになった。
もーーーーーーーいよいよダメだ、
もーーーーーーーこんなの嫌だ、になって
やっと、
「なんとかしなきゃ。これじゃダメだ」を手放した。
手放したというよりも、
もうそれしかできなかった。
がまんの限界
体力の限界
痛みの限界、不調の限界
理不尽の限界
強制終了の限界
そんなプッツンがあって
ようやく
「一番やりたいこと」を、
「ほんとは、好きなこと」を、
今までと違う選択肢を、
選んでみるんだろうね。
それが、
「時期がきた」
おそらくね、
れいちゃんも、
れいちゃん自身の素直さ+
「もう、いよいよダメだ」になったんじゃないかな。
ということは
がまん強い人は、もっとがまんしたいんだね。
「好き」を選ぶって、
非常識だったり嫌われるかも、だったり、
負けを認めることだったり
恥ずかしかったり。
とってもこわい。
そんなこわいおもいをするくらいなら
苦しい現状の方が、まだまし。
やってみたら、拍子抜けだとしても
それは結果論。
やる前は、こわい。
がまん強い人は
「いよいよその時期」が くるのを
待ってるところ。
お金に関していえば、
「心屋を学んだのにお金がやってこない」と悩むときは
その悩みが、そもそも間違ってる。
すでにある。足りているのに
ナイナイと騒いでいる
お金は、やってこようとしている。
受け取り拒否。
「ちょーだい」が言えないのも、これだね。
お金は欲しくない。
ほんとに欲しいのは、お金じゃない。
そんなのもある。
ひでこの裏の声
に
おもしろいコメントをもらったから
おいおい紹介するね。
うちの子。
体調がすぐれず、ホテルで休んでいた。
みんなのフェイスブックの写真を見てたら
楽しそうで、参加したくなった。
そしたら、力が出てきたそうな。
遅れて合流。
「おもしろそう」や「行ってみたい」のパワーだね。
舞妓さんと遊ぶひでこの後姿
えらそうに書いたけど、
私、何度も、
「これじゃダメだ」になるよ。


