まだ今年1ヶ月ありますが、なんとなく今年振り返る。
今年の1番残る言葉と私のテーマ。
死んでられない
去年末から今年の7月のイベントに向けて動き始め、今年に入り、かさこ2時間ブログ講義やかさこ塾など3つを持ちながら、義父の別れ、チビの進学、主人の入院。去年亡くなった東京の父の一周忌、残された母。ざっと上げるだけでゾッとする目まぐるしさと途方にくれる悲しみ。。
春から、この3つを加速を上げながら、サロン&夜のお仕事しながら家の事をやり一人でいる母の東京へ行く。さらに長男が結婚。顔合わせで札幌へ。そして妊娠。
家族の別れで途方にくれる悲しみの中のおめでた。気持ちも身体もついて行かないとは、こうゆうことか…と痛感する。
そんな中、私の身体は悲鳴をあげる。
身体中の激痛…何度病院行っても原因不明。わかったのは1ヶ月後。。
身体が激痛の中にさらに体調を崩し
もうダメだ…と言う状況が続いた。
我が子の前で涙し…我が子の前で動けず寝込み…我が子の前で、何がなんだか分からない体調不良の苛立ちを主人に罵倒。
我が子のまえで
もうママダメだわ…辛い…。
と涙を流したあるとき
ママ死んでられないよ。
これから赤ちゃん(孫)も生まれるんだよ。孫の顔みるんだよ。
見ているチビの方が辛いのに…
一生懸命一生懸命、こんな母に何度も何度も死んでられないよ。死んでられないよ。まだ死んでる場合じゃないよ。と私に寄り添い言い続けてくれたチビ。
その言葉にこれじゃダメだ…こんなんじゃダメだ…死んでられない。と気づかされ病院へ行き検査や治療を始めることにきめた。
1番大事な家族を大切にしたい。
そのためには自分が健康でいること。
わかっていたのに当たり前になりすぎて見失っていた家族があってこその自分。
なんのためにこんなことしている?大事なことはなに?家族を犠牲に自分の身体を壊してまで動く大事なことはあるの?と自問自答し続けて何が1番大切なのかを考えた1年だった。
去年、今年と大切な人との別れ。
主人が動けなくなったり、救急車で運ばれ入院したり。チビの骨折や手術。何度乗ったか分からない位の救急車。
救急車の音でドキッとする。
病院へ行くと思い出す。
診察室へ入る家族を待つ待合室で涙する。
色々な思いや感情はまだまだ続く…そうやって生きていくんだ。それが生きること。
だけど私は死んでられない。
私を大事にしてくれいつも助けてくれるチビ。義母や母。私を大切にしてくれ一生懸命頑張っている主人。長男の結婚で新しい家族ができ、年明けには新たな命が誕生する。
まだまだ、私は私らしく家族の中で好き放題して笑って家族で過ごさなければいけないし、それがしたいんだ。そう。チビが教えてくれた、まだまだ私は死んでられない。
だから自分自身を大切に、自分の気持ちが落ちたらトコトン付き合い。家からでたくなかったら出ない自分に焦らず引きこもり、思う存分ダラける。辛かったら辛いのを思いっきり感じる。何だかよくわらない涙がでたときはとにかく涙する。。その感情に蓋をせず解放。それが人間らしく泥臭く生きるってこと。
キラキラ?楽しい日々?リア充?好きを仕事?好きなことをする?チャンス?成功?誰が決めるの?そんなの人が決めることじゃない。自分が決めること。自分がいいならすべてよし。
あなたは今何をしたい?
あなたの1番大切なものは何?