被災地に行ってきました。
お久しぶりのエイチです。
先週、被災地復興プロジェクトを立ち上げるため、
東北へ行って参りました。
キーワードは、bluesky711 です(謎)
最初にまず仙台駅近辺に到着。
駅の周りはほぼいつもと変わりないように見えました。

「私たちは負けない」
のメッセージが心に刺さります。
一見、変わらず活気があるように見える仙台の中心部ですが、やはりところどこに震災の余波が見られます。

上記のように閉店してしまったお店がちらほら見受けられました。
ひとしきり仙台の中心部をまわった後、今回の訪問のメインイベントである弊社のビジネススクールのスクール生を中心とする東北チームとミーティング&懇親会をしました。
みなさん、被災地復興に並々ならぬ意欲をお持ちでした。
よくよく話を聞いてみると、実被害を受けたところから少し離れた場所、たとえば山形とかにも仙台が元気をなくしているためにおこる経済的な余波が多々あるみたいです。
これももちろん予測できたことです。
とにかく雇用を生み出せるような、一時的ではない恒常的なビジネスをつくることが大事であることを全員で確認しながら、様々なビジネスアイデアが出ました。
その中に、いくつかビジネスとして成立しそうなものがありました。
たぶんそのうちの一つは、近いうちに取りかかると思います。
楽しみです。
翌日は、松島からミーティングに参加して下った方に教えてもらった、津波による被害が大きな地域を見に行きました。

上記は野蒜という地域です。
めちゃくちゃになった街の向こうから朝日が昇るのが印象的でした。
その後、石巻へ。

丘に乗り上げた船。
上記のような光景は、テレビや雑誌などで見たことがある人もいると思います。
しかし、テレビや雑誌では絶対に伝わらないことがありました。
テレビや雑誌では伝わらないこと。
それは、
臭い
です。
町中を強烈な臭いを覆っている場所がありました。
そして、そのすぐ近くで避難生活をしている方達がいました。
避難生活の大変さも、テレビでは決して伝わらない部分だと思います。

ぺしゃんこになったゲーム屋さん

廃墟と化した工場
その後、仙台近郊に戻りましたが、仙台駅がある市の中心部からほんの数十分車を走らせると、そこには市の中心部とはまったく違う光景が広がっていました。

瓦礫の山。
ひっきりなしに動くクレーン車。
近隣の瓦礫がここにすべて集結されている。
作業をしている人たちの許可をもらい、瓦礫の山に近づく。
ほんの1ヶ月前まで家族の団らんを約束してくれたものたちの破片。
大切な思い出。
そんなものが無惨にドロをかぶり無造作に積まれていました。
(すいません、私が真ん中部分に写ってしまっています。)

もはや電気を送ることができなくなった送電線の鉄塔。
おそらく1ヶ月前まで一面の田園風景が広がっていただろう地域。
いまはドロと瓦礫しかない。
ほんの少し、ほんの少し、離れただけで、こうも違うものなのか。
活気ある仙台の中心部を見て、少し安心していた私たちは命運を分けたほんの少しの差に愕然としました。
すべてを流され、すべてを奪われた土地。
転がるのは近隣の工場から流れてきた大きな何かの部品や車や瓦礫ばかり。

あまりの光景に言葉をなくしながら車を走らせると、懸命に旗をふる人の姿が目に入りました。
車の速度を落とし、ふと見てみるとそこには。。。。。

これ、何だと思いますか?
そう、これは、

看板を流され、壁に車が突っ込み、土砂が店内にまで入り込み、営業できなくなったセブンイレブンの駐車場で、再起を願い、オープンした青空セブンイレブンです。
地元の人がちらほらと商品を求めてお店に現れ、
「死んだかと思ったよ。」
なんて、絶対に被災した人たちにしか言えない冗談をかわしながら、お互いの無事を喜び合っていたのが印象的でした。

このセブンイレブンは、オーナーとその家族で運営しているのですが、こんなにひどい状況でも、オーナー家族は力を合わせて元気いっぱい、笑顔いっぱいでお客様を接客します。
オーナーは本当にずっとニコニコしていました。
世の中には、どんなに恵まれていても、不平不満を常に持ち、言い訳をして、何もしない人がいます。
逆に、どんなに恵まれていなくても、常に前を向き、笑顔で、精一杯生きようしている人がいます。
どっちの人生が幸せかなんて、死んでみないときっとわからないけれど、できるなら、自分は後者のような生き方をしていきたいなって心から思いました。
今回、ブログに写真を載せることをとても迷いましたが、河北新報の記者の方に、ぜひ東北の実態を伝えてほしいと言われたので、ブログに載せることにしました。
私ごときが、一体何ができるか正直わかりません。
今回被災地を見て、この気持ちがさらに強くなりました。
しかし同時に、自分の体の内面からふつふつとわき起こる熱いものも感じました。
今日も青空の下、看板がなくたって、電気がなくたって、不平を言わず、不満を言わず、運命を受け入れ、笑顔と元気いっぱいでオープンしているセブンイレブンのことを思い、どんなことがあっても一所懸命頑張ろうと思います。
今日も最後まで読んでくれてありがとう。
高城永地
先週、被災地復興プロジェクトを立ち上げるため、
東北へ行って参りました。
キーワードは、bluesky711 です(謎)
最初にまず仙台駅近辺に到着。
駅の周りはほぼいつもと変わりないように見えました。

「私たちは負けない」
のメッセージが心に刺さります。
一見、変わらず活気があるように見える仙台の中心部ですが、やはりところどこに震災の余波が見られます。

上記のように閉店してしまったお店がちらほら見受けられました。
ひとしきり仙台の中心部をまわった後、今回の訪問のメインイベントである弊社のビジネススクールのスクール生を中心とする東北チームとミーティング&懇親会をしました。
みなさん、被災地復興に並々ならぬ意欲をお持ちでした。
よくよく話を聞いてみると、実被害を受けたところから少し離れた場所、たとえば山形とかにも仙台が元気をなくしているためにおこる経済的な余波が多々あるみたいです。
これももちろん予測できたことです。
とにかく雇用を生み出せるような、一時的ではない恒常的なビジネスをつくることが大事であることを全員で確認しながら、様々なビジネスアイデアが出ました。
その中に、いくつかビジネスとして成立しそうなものがありました。
たぶんそのうちの一つは、近いうちに取りかかると思います。
楽しみです。
翌日は、松島からミーティングに参加して下った方に教えてもらった、津波による被害が大きな地域を見に行きました。

上記は野蒜という地域です。
めちゃくちゃになった街の向こうから朝日が昇るのが印象的でした。
その後、石巻へ。

丘に乗り上げた船。
上記のような光景は、テレビや雑誌などで見たことがある人もいると思います。
しかし、テレビや雑誌では絶対に伝わらないことがありました。
テレビや雑誌では伝わらないこと。
それは、
臭い
です。
町中を強烈な臭いを覆っている場所がありました。
そして、そのすぐ近くで避難生活をしている方達がいました。
避難生活の大変さも、テレビでは決して伝わらない部分だと思います。

ぺしゃんこになったゲーム屋さん

廃墟と化した工場
その後、仙台近郊に戻りましたが、仙台駅がある市の中心部からほんの数十分車を走らせると、そこには市の中心部とはまったく違う光景が広がっていました。

瓦礫の山。
ひっきりなしに動くクレーン車。
近隣の瓦礫がここにすべて集結されている。
作業をしている人たちの許可をもらい、瓦礫の山に近づく。
ほんの1ヶ月前まで家族の団らんを約束してくれたものたちの破片。
大切な思い出。
そんなものが無惨にドロをかぶり無造作に積まれていました。
(すいません、私が真ん中部分に写ってしまっています。)

もはや電気を送ることができなくなった送電線の鉄塔。
おそらく1ヶ月前まで一面の田園風景が広がっていただろう地域。
いまはドロと瓦礫しかない。
ほんの少し、ほんの少し、離れただけで、こうも違うものなのか。
活気ある仙台の中心部を見て、少し安心していた私たちは命運を分けたほんの少しの差に愕然としました。
すべてを流され、すべてを奪われた土地。
転がるのは近隣の工場から流れてきた大きな何かの部品や車や瓦礫ばかり。

あまりの光景に言葉をなくしながら車を走らせると、懸命に旗をふる人の姿が目に入りました。
車の速度を落とし、ふと見てみるとそこには。。。。。

これ、何だと思いますか?
そう、これは、

看板を流され、壁に車が突っ込み、土砂が店内にまで入り込み、営業できなくなったセブンイレブンの駐車場で、再起を願い、オープンした青空セブンイレブンです。
地元の人がちらほらと商品を求めてお店に現れ、
「死んだかと思ったよ。」
なんて、絶対に被災した人たちにしか言えない冗談をかわしながら、お互いの無事を喜び合っていたのが印象的でした。

このセブンイレブンは、オーナーとその家族で運営しているのですが、こんなにひどい状況でも、オーナー家族は力を合わせて元気いっぱい、笑顔いっぱいでお客様を接客します。
オーナーは本当にずっとニコニコしていました。
世の中には、どんなに恵まれていても、不平不満を常に持ち、言い訳をして、何もしない人がいます。
逆に、どんなに恵まれていなくても、常に前を向き、笑顔で、精一杯生きようしている人がいます。
どっちの人生が幸せかなんて、死んでみないときっとわからないけれど、できるなら、自分は後者のような生き方をしていきたいなって心から思いました。
今回、ブログに写真を載せることをとても迷いましたが、河北新報の記者の方に、ぜひ東北の実態を伝えてほしいと言われたので、ブログに載せることにしました。
私ごときが、一体何ができるか正直わかりません。
今回被災地を見て、この気持ちがさらに強くなりました。
しかし同時に、自分の体の内面からふつふつとわき起こる熱いものも感じました。
今日も青空の下、看板がなくたって、電気がなくたって、不平を言わず、不満を言わず、運命を受け入れ、笑顔と元気いっぱいでオープンしているセブンイレブンのことを思い、どんなことがあっても一所懸命頑張ろうと思います。
今日も最後まで読んでくれてありがとう。
高城永地