ウィキペディアの猪名川・五月山一帯の九頭龍伝承によると。。。。
この周辺では既に見てきた猪名川町、川西市、池田市の他に能勢にも
龍の伝説はあるようです。そのまま引用します。
九頭竜権現社(木造祠風) - 大阪府豊能郡能勢町山田(湯小屋神社の北東150m
の山中 妙見宮の妙見菩薩信仰の元となる妙見山
(能勢)に祀られている隕石の落下地点「能勢町稲地」
から北西1400m程の場所)
九頭神社 - 大阪府豊能郡豊能町余野
結論から申しますと、前者は不明、おおよその所在地はわかりますが
私有地の山中であると事前調査で判明しており詳しい調査はしてません。
後者は全く判明しません。豊能町のWEB、近隣聞き込み、グーグルマップの
調査などは空振りに終わっています。
でも前者、九頭竜権現社の近辺の写真は撮影しました。



この写真に写っている山中ぐらいにあるんでしょうね。
ついでに。。。。猪名川町の景福寺に寄りました。
龍神伝説でも若干流れが違うようですが、行きがけの駄賃です。
景福寺にはこんな伝承が残っているそうです。
丹波霧の里BLOG、"竜のうろこ"伝説 猪名川町
より引用します。
また”三田の民話”の中に、禅師の説教を聞く竜女が「元の姿にかえりたい・・」と懇願、禅師の呪文に・竜の姿に戻り、苦しみから解放されたお礼にと残した竜のウロコを一枚残し、どんな旱魃にも雨が降る”雨乞い”伝承の”竜のうろこ”が伝えられます。この竜のウロコは永澤寺開山2年前の南北朝期:応安3年(1370)多田荘杉生(猪名川町)に憩止された際・領主平尾越中守(多田源氏・源満仲の後裔と云われる!!)の別邸を寺として創建され、平尾氏の法名から景福寺と呼ばれる。この寺に”竜のうろこ”8枚有ったと伝えられており、その内の一枚が三田:永澤寺の伝説となっているようです。
様子を写真で紹介します。

観音さまです。

道の両サイドに観音さまがいっぱい。

本堂です。

本堂の柱、天井に龍の彫り物があります。
この周辺では既に見てきた猪名川町、川西市、池田市の他に能勢にも
龍の伝説はあるようです。そのまま引用します。
九頭竜権現社(木造祠風) - 大阪府豊能郡能勢町山田(湯小屋神社の北東150m
の山中 妙見宮の妙見菩薩信仰の元となる妙見山
(能勢)に祀られている隕石の落下地点「能勢町稲地」
から北西1400m程の場所)
九頭神社 - 大阪府豊能郡豊能町余野
結論から申しますと、前者は不明、おおよその所在地はわかりますが
私有地の山中であると事前調査で判明しており詳しい調査はしてません。
後者は全く判明しません。豊能町のWEB、近隣聞き込み、グーグルマップの
調査などは空振りに終わっています。
でも前者、九頭竜権現社の近辺の写真は撮影しました。



この写真に写っている山中ぐらいにあるんでしょうね。
ついでに。。。。猪名川町の景福寺に寄りました。
龍神伝説でも若干流れが違うようですが、行きがけの駄賃です。
景福寺にはこんな伝承が残っているそうです。
丹波霧の里BLOG、"竜のうろこ"伝説 猪名川町
より引用します。
また”三田の民話”の中に、禅師の説教を聞く竜女が「元の姿にかえりたい・・」と懇願、禅師の呪文に・竜の姿に戻り、苦しみから解放されたお礼にと残した竜のウロコを一枚残し、どんな旱魃にも雨が降る”雨乞い”伝承の”竜のうろこ”が伝えられます。この竜のウロコは永澤寺開山2年前の南北朝期:応安3年(1370)多田荘杉生(猪名川町)に憩止された際・領主平尾越中守(多田源氏・源満仲の後裔と云われる!!)の別邸を寺として創建され、平尾氏の法名から景福寺と呼ばれる。この寺に”竜のうろこ”8枚有ったと伝えられており、その内の一枚が三田:永澤寺の伝説となっているようです。
様子を写真で紹介します。

観音さまです。

道の両サイドに観音さまがいっぱい。

本堂です。

本堂の柱、天井に龍の彫り物があります。