これも日本石仏協会で知った内容ですが、石川県に倶利伽羅不動明王を祀る寺院があり、石川県津幡町の旧地名が「倶利伽羅(くりから)村」だった事にビックリしたんです。![]()
地名や山名には支配者の名が残ると提唱している通りで「倶利伽羅」と名乗った人物に由来するかまでは分かっていませんが、平家物語に登場する「倶利伽羅峠」に因んで村名が決まったらしい事を伝えています。
では倶利伽羅とは何なのか、調べると「倶利伽羅竜王」の起源として紹介されています、「龍」ではなく「竜」である所にも注目シテ下さいね!
倶利伽羅不動明王(写真はお借りしています。)
私などは倶利伽羅紋々とヤクザの刺青を思い出しますが(笑)、ここから来ている言葉だったかと今更ながら知って、感心しきりです。
さて、この倶利伽羅はサンスクリット語の「クリカ」から来ていると紹介されますが、「ナーガラージャのクリカ」とあるので竜王の一人のことのようです。
上図は倶利伽羅を探して五天竺之図を見ていて発見した情報です、龍池の所に「孔雀王」あるいは「帝釈」の国と書いています。(笑)
(引き続き、倶利伽羅を探します)....、やっぱり「倶利伽羅」という国はありませんでした、これはガッカリというのは適切では無く、石川県の倶利伽羅がクリカの国だった可能性を示しているという意味になります。
仮説にはなりますが、どれかの古文献で触れていたらビンゴ~ってなりそうな予感です、インドの倶利伽羅が日本にあったなんてスゴイ話です、空海でも気づけなかったのは残念ですね~。
ここに並ぶ龍王には名前がありません、この表は難陀龍王・跋難陀龍王があるので紀元前1C頃に日本へと移住したリストだと考えています、という事は倶利伽羅竜王とはその前の人物という事が分かります。
サンスクリット語のクリカとは「黒い龍王」のことらしく、これを調べた記事があったので詳しく調べたい人は読んでみて下さい。
簡単にいえば古代インドの七聖賢の一人が倶利伽羅竜王だったようです、という事は日本人で天竺族に属す一人という事になります。
『ヴァハーラ・プラーナ』という文献ではブラフマーの生んだ11竜の中にクリカがあるので、時代が分かるのはブラフマーの時代が最古のように思えます。
どうやら「竜王」という立場を作ったのがブラフマーと考えて良さそうです、その後もクリカは登場してくるので、名跡として代々継がれた役職が倶利伽羅竜王という立場なんだろうと思います。
その倶利伽羅竜王が仏教に取り込まれた時に生まれたのが「不動明王」なんでしょう。
不動明王(写真はお借りしています。)
個人の特定は最初から難しそうなのでスル~しますが、少なくとも竜王が不動明王のモデルで、火を背負うのはアフラ・マズダーの系譜でしょう、仏像でも羽が背中にあるものが日本にも残されていますので、確実に途中までは伝わって居たことを示しています。
羽のある不動明王(写真はお借りしています。)
知恵の樹系の日本人の情報は仏教における仏様に多くが残されていると分かります、仏教とは外来の宗教という刷り込みがされてきましたが、日本人が宗教の祖である場合が多く、同じ系譜でも残った宗教は違うのですからそれぞれに主張するものが違っていたのでしょう。
話しは変わり、原初の倶利伽羅村の地域は「倶利伽羅」の名前で残っている事を地図で確認出来ました、隣は「山森」と山一族と森一族の複姓なので時代が古い事が分かります。
倶利伽羅
山森という地名は山名としては残っていないようなので、倶利伽羅竜王は意外にも紀元後の可能性が出てきます、しかし逆に古すぎて山名では無い(※平地に支配域を示した時期も当然あると考える)場合もあるので何とも言えませんが、石川県なのでBC552年頃の山一族が天皇になった時の戦力の一人の可能性があると思います。
恐らく明治になってからの倶利伽羅村の頃の神社
上図の通りで一応、倶利伽羅神社があったので祭神を見ますと、「木花開耶姫命 火結命 罔象女命 埴山比咩命 菊理比売命 伊弉諾命 誉田別命」となっていて、気になるのは「火結命」だろうと思います。
火産霊(ほむすび)と漢字が違うだけと普通なら思いそうですが、ホムスビという役職の個人としては別という意味だと思います、よって倶利伽羅竜王は火結命という名乗りもあった可能性を示しています。
う~ん、ここまでですね~、これ以上は負担が大きく、逆に成果は期待出来ないでしょう、また他の研究と繋がったらお報せしますね~。
龍海








