ベル相談があればコメント欄に書いてくださいねベル

 

 

※長いです真顔

 

次のようなコメントをいただきました。

 

【コメント】

 

私の娘は知的障害はありませんが、発達障害があります。

 

息子は定型発達で、小学校時代に難病と知的障害、発達障害のある同級生と同じクラスになりました。

 

その子は保護者の希望で通常学級に在籍していました。

 

息子は小学1年生から4年間、その子のお世話係のような役割を担うことになりました。

 

運動会や学習発表会でも、その子のフォローをしていたのは先生ではなく息子でした。

 

玉入れでは、自分の玉だけでなく、その子の分まで一生懸命集めていました。

 

「どうして先生ではなく、同じ一年生の子どもがここまで負担を背負わなければならないのだろう」

 

私はずっと疑問に思っていました。

 

息子は小学4年生から中学受験に向けて塾に通い、それ以前からピアノや水泳も続けており、とても忙しい毎日を送っていました。

 

それでも「自分がやるのが当たり前」というように振る舞い、文句を言うことはありませんでした。

 

小学5年生になる前の個人面談で、初めて「しんどい」と打ち明けてくれました。

 

学校へその思いを伝えた結果、5年生だけは別のクラスになりました。

 

ところが6年生になると再び同じクラスになり、お世話係をすることになりました。

 

障害のある子どもを支えることは大切です。

 

でも、その役割を同級生に任せることが当たり前になってしまってはいけないと思います。

 

障害児のお世話をする子どもにも、もっと配慮してほしいです。

 

私自身、家に発達障害の子どもがいますが、それでもそう思っています。

 

【立石より】

 

このコメントを読んで、「やっぱりあるんだ」と思いました。

 

障害のある子どものお世話係をさせられている子どもは、決して珍しい存在ではありません。

 

先生が「この子なら安心して任せられる」「優しい子だから引き受けてくれる」と期待し、その役割が固定されてしまうことがあります。

 

でも、それは本来、大人が担うべき支援です。

 

この息子さんも、おそらく「嫌だ」と言えなかったのでしょう。

 

「困っている子を助けるのは良いこと。」

 

「先生に期待されている。」

 

「僕が我慢すればいい。」

 

そんな思いで、自分の気持ちに蓋をしていたのではないでしょうか。

 

四年間も我慢を続け、やっと一度だけ「しんどい」と口にできた。

 

私は、その一言の重みを大人はもっと真剣に受け止めるべきだと思います。

 

インクルーシブ教育は、障害のある子もない子も一緒に学び、お互いを理解し合うための大切な考え方です。

 

しかし、それは十分な支援体制が整っていて初めて成り立ちます。

 

先生が足りない。

 

支援員が足りない。

 

だから同級生がお世話をする。

 

それはインクルーシブ教育ではありません。

 

子どもに教師や支援員の役割を肩代わりさせているだけです。

 

学校は、「優しい子」の善意に甘えてはいけないのです。

 

そして、私がもう一つ気になっていることがあります。

 

それは、お世話をされる障害のある子ども自身にとっても、この環境は決して良いものではないということです。

 

例えば、チャイムが鳴るたびに同級生が手を引いて次の教室まで連れて行ってくれる。

 

体育の時間には体操服への着替えを手伝ってくれる。

 

ランドセルを持ってくれる。

 

給食の準備や後片付けもやってくれる。

 

運動会では競技のたびに隣についてフォローしてくれる。

 

こうしたことが毎日続けば、その子はどうなるでしょうか。

 

「誰かがやってくれる。」

 

「待っていれば助けてもらえる。」

 

それが学校生活の当たり前になってしまいます。

 

もちろん、障害によって一人では難しいことはあります。

 

だから支援は必要です。

 

しかし、その支援は先生や支援員など、専門性を持った大人が行うべきです。

 

同級生の善意に頼ることとは全く違います。

 

時間がかかっても、自分で服を脱ぎ着する。

 

チャイムが鳴ったら、自分で教室へ向かおうとする。

 

ランドセルを自分で持つ。

 

失敗しながらでも、自分でやってみる。

 

その積み重ねが、自立につながっていきます。

 

ところが、お世話係が何でも先回りしてしまうと、「自分でやる」という経験を積む機会が失われます。

 

支援とは、「代わりにやること」ではありません。

 

「できるようになるための手助け」をすることです。

 

私はこれまで多くの障害のある子どもたちと関わってきました。

 

「この子には無理だから。」

 

「周りがやったほうが早いから。」

 

そうして何年も過ごした結果、小学校を卒業しても、自分でできることがほとんど増えていない子も見てきました。

 

一方で、大人が時間をかけて見守り、「自分でやってごらん」と支えてきた子は、ゆっくりでも着実にできることを増やしています。

 

だから私は、障害のある子どものためにも、お世話係を前提とした学校生活には疑問を感じます。

 

支援とは、依存させることではありません。

 

将来、一人でもできることを増やしていくために行うものです。

 

もちろん、通常学級で学ぶこと自体を否定しているわけではありません。

 

通常学級がその子に合っている場合もあります。

 

しかし、その学校生活が同級生のお世話によって成り立っているのであれば、それは子どもたちの善意に支えられた教育であって、適切な支援とは言えません。

 

障害のある子どもにも、安心して学ぶ権利があります。

 

そして、お世話係を任される子どもにも、安心して学校生活を送る権利があります。

 

どちらか一方の我慢によって成り立つ教育は、本当の意味での共生ではありません。

 

障害のある子どもにも、お世話係を任される子どもにも、それぞれに必要な支援があります。

 

学校は、「優しい子がいるから大丈夫」ではなく、「すべての子どもの成長を守る」という視点で支援体制を考えてほしいと、私は強く願っています。

 

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