昨年の暮れに演奏された富田勲さんの「イーハトーヴ」を聞かれたことはありますか。
(NHK Eテレ 連休中にもう一度再放送)
オーケストラにヴォーカロイドである「初音ミク」を取り入れた演奏です。
ヴォーカロイド、要するに存在しない人物の声とそれをイメージキャラクターで人間っぽく表示させるものと言えばいいでしょうか。
アンドロイドではなくて人間の声そっくりの音だからヴォーカロイドなのですよね。
空間に初音ミクを表示させながらオーケストラの演奏と初音ミクをコラボさせた交響曲。
YOUTUBEにありますのでリンクしておきます。
上の画像は「リボンの騎士」の演奏場面。
手塚治虫さんや宮沢賢治さんの作品を基に指揮者に合わせて初音ミクを踊らせる。
富田勲さんは2013年現在で80歳。私の母と同じ歳になります。
そんな人が、ヴォーカロイドというものを難なく吸収して、歴史のあるクラシックの世界に溶け込ませた作品を作り上げる。
いったいこの人はどういう柔軟な頭を持っているのだろう・・・と驚異的に感心してしまいました。
富田さんはもう60年もシンセサイザーをやっていて、私が高校の吹奏楽部に居た時に初めてこの人を知って、当時シンセサイザーなんか誰も持っていなかった時にシンセサイザーをすでに駆使していて、コンダクターをやっていた私はこの人の曲を聴くたびに「なんだこれは」と愕然としていましたが、生の楽器にコラボさせるのはなかなか出来そうで出来ないわけです。
それ以来、かれこれ30年以上も富田さんの曲を聴いてきて、80歳になってもこれだけの表現能力を持てるということにただただ驚きと尊敬の念を抱いています。
富田さんは第二次大戦時に小学生で、戦争を経験されています。
その話を聞くと言葉がでてこない。
初めて知ったのですが富田さんが住んでいた愛知県では、終戦の年である1945年1月に、東海大地震があったそうです。
家が倒壊して救援物資など全然来ない。飢え死にする人が沢山いたらしくそんなところに空襲があって更に目の前で人が亡くなってゆくのを、何にもできずにじっと見ていたということです。
ここまで来ると修羅をもはるかに超えて感情を失った世界に何も考えずにじっと生きているという感じなのでしょうか。
今年の1月に北朝鮮の黄海道というところで飢えに耐えかねて気が狂った農民が子供を釜茹でにして食べようとして当局に捕まったというニュースがありました。
戦後に生まれた私の感覚では「そんなことありえへんやろう」と思うわけですが、富田さんの話では「死にそうなほど空腹だったときに、河原にあった大勢の死体を思い出し、あの腕を持って来ればよかった」と真剣に思ったそうです。
地震でひっくり返っている所に援助の代わりに敵の空襲で救援物資の代わりに爆弾が落ちてきて、食べるものもなく毎日を過ごしていたというときに、富田さんは何を考えて生きていたのでしょうか。一体どうやって生きて来られたのでしょうか。
(この頃の記事は、地震だ大変だどうしよう・・・という記事ではなくて地震がなんだへこたれるなという感じの書き方だったのですね。 ある意味無茶苦茶な記事だったのですね
)
こんな体験をして育ってきた富田さん(もちろん富田さんだけではありません)、戦争や飢えというものはいくら遺体をみても、心が荒んできたりはしないのでしょうか。
私も目の前で何人かの人が亡くなるところを見てきましたが、見るたびに目の前に映るカラーの映像がどんどんモノクロに変化してやがて灰色に煤けてくる・・・つまり心が亡くなってゆくように思うわけです。看護師さんの中にもそんな理由で仕事を辞めて行く人がいるとか。
富田さんは私とは比べ物にならないほどの遺体を見て来た。
そんな人が戦後、心のこもった沢山の曲を作り続けてなんと80歳にもなった現在でも曲を作り続けてこられている。
考えてみれば富田さんだからこんなことも考えられるのかもしれません。
幻想の世界に物語やさらに夢・希望・未来といったものを組み込んで表現してゆく。
イーハトーヴという異次元コラボ演奏も、歴史のあるオーケストラと未来をイメージするヴォーカロイドを音楽と映像で表現して新しい演奏の世界を開拓してゆく。
富田さんには戦争時代の絶望と死と無のイメージが強く残っているのでしょう。
その反動もあって、シンセサイザーを通して未来と希望を私たちに伝えて行こうとしておられる気持ちが伝わってきます。
ありがとうございました。
どうか健康には気を付けて、長生きをしてほしいです。最後まで未来をイメージしながら。



