まだなかなか
三浦春馬くんの訃報の衝撃から立ち直れず・・・
彼の痕跡ばかり探してしまう日々を送っています。
こんにちは。砂羽美佳(さわみか)です。
私についての記事の続きです。
前の記事では、10代の時に摂食障害(拒食症)だったという話をしました。
でもね、私にとってこの事実は、恥ずべき人生の汚点なんかでは全くなくて、むしろ、病気になったことに感謝すらしている。
だって病気のおかげで、今私は
本当の自分を生きることが出来ているのだから。
下手に空気が読めるだけに、自分に期待されている像というものが分かってた。
「しっかりもののお姉ちゃん」
「頭の良い優等生」
「放っておいても心配のない子」
それを演じることも、あまりに当たり前になりすぎていて、当時は「演じている」という意識すらなかったけど、でも、やっぱり息苦しかったんでしょうね。
私が春馬くんの死から、なかなか自分を切り離すことが出来ないのは、頑張り続けなければならないレールからの降り方が分からない気持ちが、少し理解できるから。
頑張って頑張って、自分を擦り減らしながら、死に物狂いで頑張って結果を出して。
でも、そんなにも頑張って出した結果なのに、今度はそれが「基準値」になってしまう。
もうこれ以上ないくらい全部出し尽くして、血反吐吐く思いでようやく結果を出したのに、さらに上の結果を出さないと「よくやった」とは言ってもらえない。
一体いつまで頑張ればいいの?
どこまで頑張り続ければ、ラクになれるの?
ラクになっていいの?
この頃の私は思ってた。
結果的に、心と身体がバーストして、レールから降りざるを得なくなったけど、もし病気にならなかったら・・・
どう降りればいいのか分からなかったし、きっと自分からは、「逃げる」「放り出す」ことは、選択出来なかったと思う。
だから、病気には感謝しているんだ。
本当の自分で生きる、チャンスをもらったから。
どこかでボタン掛け違えたまま、うまく機能しなくなった母子関係を、根底から木っ端みじんにぶっ壊し
構築し直すチャンスをもらったから。
もし、あの時病気にならなかったら・・・
考えるだけでも、そら恐ろしい。
今も本当の自分を押し殺しながら、死んだ魚のような目をして生きていたかな?
いや、きっとあそこで病気になってなかったとしても、どっかでバーストしてたんじゃないかと思う。
だから今
ピンチはチャンス
病気はギフト
自信を持って言えるんだ。
もしあなたが今、うまくいかないと感じていたり、「こんなはずじゃなかった」と苦しんでいるのなら、それは
もっと幸せになれる伸びしろがあるってこと。
チャンスなんだ!!![]()
③に続きます。


