摂食の記憶シリーズ、続きです。

 

今回からは、2度目の入院生活について、書こうと思います。

 

 

 

※ 目次作りました! 前回までの記事はこちらでチェック!人差し指

 

 

「摂食の記憶」目次 → メモ

 

 

 

必死の思いで、退院を勝ち取ってから、数ヶ月・・・。

 

 

 

私が、この病院へと舞い戻るのに、

 

そう月日はかかりませんでした。

 

 

わずか3ヶ月足らず。

 

 

 

 

 

そりゃそうですよね。

 

 

 

 

 

そもそも、石抱えて体重計に乗ったりして

 

 

虚偽の数字で退院して来ているわけだし、

 

「痩せていてなにが悪い」と思っている私の思考も

 

入院生活の間に、なにひとつ変わってはいない。

 

晴れて出られたら、嬉々としてまたもとの、

 

0.1kg、1kcalを気にするような

食生活に戻るだけです。

 

 

結局私は以前の、

 

いやそれ以下の体重に、戻ってしまいました。

 

 

 

 

時々、病院に入院させればもう大丈夫、安心!

 

 

 

 

と思っている親御さんがいるけど、

 

はっきりそれは、間違いです。

 

 

 

 

身体だけ治したって、

心も治さなければ、意味がない。

 

食べない事実に目を向けるのではなく、

 

食べない理由に目を向けるのです。

 

本人には、心的理由が何かなんて分かるどころか、

 

そんなものがあるのだという自覚すらないのだから

 

それを、一緒に考えてあげなければなりません。

 

 

 

もちろん、 「生命を維持できる身体のレベル」

 

 

ってのは確かにあるので、

 

そのラインまで回復させるために、

 

一時的に入院させて体重を増やす、ってのが手段として必要な時も、

あると思います。

 

でもそれは、根本的な解決にはなんにもならない、ってこと

声を大にして伝えたいです。

 

じゃないと、辛い思いをさせて子どもに入院させたって、

 

結局子どもには、その辛さしか残らないと思います。

 

 

(余談ですが、私はその数十年後、息子を産む時に

 

切迫早産で2ヶ月近く入院するのですが、

 

誇張じゃなく、

鬱一歩手前になりました。
 

切迫早産で入院する人など、山ほどいるのに

あんなにも私が気弱になってしまったのは、

今思えば、この時の入院体験がトラウマになっているのも一因かと思うのです)


 

 

よしんば、入院させて、拒食なり過食行動が治まったように見えても、

この心の部分を解決しない限り、

きっと、何らかの形で他の症状が出ます。

 

 

 

一度目の入院をして、

ここでやる治療が、どんなことで、

そしてそれが、どんなに無意味であるかを、身をもって知ってしまった私は、

 

今度の入院には、猛烈に反対しました。

 

 

 

泣いて泣いて、お願いだから病院には入れないでくれと

 

 

頭を下げて、母親にすがりました。

 

 

でも、そんな私の願いも虚しく、

 

 

またあの、希望も光もない、養豚場のような生活が始まったのです。

 

 

 

 

 

 

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↑ 摂食のことをよく知らない人に、伝えられるよう書いているつもりです。

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