6/5(土) 摂食障害者、親御さん対象イベント開催決定!

「親子バトルメラメラ」   



※ 前回までの記事 

「Vol.1 摂食の記憶。 ~その発症①」は、コチラ → メモ

「Vol.2 摂食の記憶。 ~その発症②」は、コチラ → メモ




前回、私の摂食障害、つまり拒食症の原因は、

母親からの愛情飢餓にあったという話をしました。



でも何故それが、拒食症に結びつくのか?


いまいちピンと来ませんよね?!




いつも、弟ばかりかわいがられているという

不満を持っていた私。


母親に、認めてもらいたくて、褒めてもらいたくて、

彼女が望んでいるであろう、「いい子」になるよう

頑張っているのに、


いくら努力しても、弟に向けられるような笑みは、

私には向けてもらえない。




「だったら言葉で訴えればいいじゃないか」


そう思いますよね。


もっと自分のことを見てくれ!って。

寂しいんだ!って。


でもたぶん私は、一度も言わなかった。



いや、言えなかった。





私は昔っから、勝ち気で、頑固で、

負けず嫌いでした。


だから、人に弱みを見せたり、

甘えたりすることが、苦手だったのです。



そのうえ、プライドの高い、完璧主義。



分かりやすいエピソードとして、私は3歳くらいの頃から、

ピアノピアノを習っていたのですが、


例えば、練習で間違えたりすると、

その箇所だけを練習したりせずに、また、曲の最初から、


弾き直しをする。


そうすると、常識的に考えても、苦手なところに対するアプローチは

なんにも行われていないのだから


当然また、同じところでつまづくわけです。


で、また最初に戻る。

同じところでつまづく。


また、最初から引き直す。


永遠、その繰り返し。



終いにゃ、


涙や鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら

半狂乱になって、何十回もピアノを繰り返し弾いていた


という、背筋の寒くなるようなエピソードを

聞いたことがありますガーン (っつーか、涙でますます譜面なんて読めないだろうて)




なぜ、その箇所だけ練習したりしないのか。


最初から弾かないと、気が済まないんです



たとえ、苦手な箇所だけを練習するのが、

一般的で、効果的なことなのだとしても、


それは、私的価値観の中での「完璧」には、反する。


だから、許せないんです。



いやはや、なんて気難しい子どもなんでしょう(;´▽`A``  あ、私のことですね



たぶん、こういう子だったので、

親も無意識に、目が、素直で天真爛漫な弟に向いてしまったところは

あったんだと思います。








ペタしてね