「あの人のこと、嫌いじゃない…、嫌いじゃないんだ、でも、会った後、なぜか疲れる。マジ、疲れる…」
そんな相手が、あなたにも
一人くらいいないだろうか?
悪人ではない。
むしろ感謝の言葉は多い。
「助かりました」
「あなただけが頼りです」。
そんな風に言われれば
悪い気はしない。
でも気づけば
その人の話を聞いいていると、
自分の中から活力が
減っていく気がする。
まるで、ハリーポッターのディメンターに
取りつかれたようにだ。
こういう人を俗に「エネルギーヴァンパイア」と呼ぶ。
でも、なぜ、こういう状況になるのだろうか?
今回は、エネルギーヴァンパイアについて
解剖してみようと思う。
■ つらい思いをしたから許されるという誤り
エネルギーヴァンパイア的な
動きをする人には、
共通した「心の処理の癖」がある。
それは、「痛み」を「労働」と
勘違いしているということだ。
「これだけ悩んだ」
「これだけ泣いた」
「これだけ辛かった」
その主観的な苦痛の総量を、
まるで自分が世界に
すでに多額の対価を
払っているように扱う。
自分はもう十分苦しんだ。
だから、与えてもらっていい。
助けてもらっていい。
特別扱いされていい。
これを私は「感情の空手形」と呼んでいる。
エネルギーヴァンパイアに
認定される人には
悪意がない。
むしろ切実だ。
当然だ、本人はそれだけ
つらい思いをしたのは
事実だから。
しかし、本人が感じた苦痛と
今、目の前にいる人は
関係がない
=
目の前の人への対価としては
通用しない
厳しい言い方をすれば
エネルギーヴァンパイア認定される人は、
目の前の人に
何も対価を払っていない。
そこに気が付かないまま、
「これだけ自分はつらい思いをした」
というその一点で、
相手に時間や労力、配慮を
提供してもらおうとする。
そして、たちが悪いことに、
これは無意識に行っている。
だから、エネルギーヴァンパイアに
認定される人の自己認識は
「つらい思いをした自分」
という被害者であり、
そこに一ミリの疑問も抱かない。
■「頼んでいない貢献」という名の攻撃
エネルギーヴァンパイア的な
動きをする人には、
もう一つのパターンもある。
頼まれてもいないのに
勝手に何かをやって、
その分の報酬を
(これまた無意識に)
求めるというものだ。
「私はこれだけやった」
「あなたのためを思って」
言葉は善意に見える。
でもその行為は、
相手のニーズを確認していない。
相手が必要としているかどうかより、
自分が「貢献した事実」を
作ることが目的になっている。
これはギフトではなく、
承認の請求書だ。
受け取った側は、
「やってもらったからお礼は言うべきか?しかし、別に頼んでないんだが…」
というまったくもって
困難な状況に置かれる。
私が最初に勤めた
会計事務所では、
社長の奥さんが
残業が21時とか22時までになる
確定申告の時期になると、
夕飯を持ってくるのだ。
しかも、卓上コンロを持ち込んで、
豚汁や煮込みハンバーグなど
本格クッキングをする。
しかも、社長は入り婿で
奥さんには頭が上がらないから、
食べ終わると、
「片づけはみんなでやろう、作ってもらったわけだから、そのくらいはやるべきだ」
と社員に
食器の片付けをさせるのだ。
社員からすれば
はっきり言って迷惑でしかない。
なぜなら、夕飯食べて
片付づけるのに1時間も使うなら、
その分さっさと仕事を終わらせて、
帰って寝たいからだ。
この社長の奥さんは
典型的なエネルギーヴァンパイアである。
「ありがとうございます」
「奥様のおかげで元気に確定申告乗り切れました」
という賛辞が欲しくて
やっているのだ。
実際にある社員が
「迷惑なので、やめてください」
といったら、その後3か月は
拗ねて会社に顔を出さなかった。
■ 他人のふり見て笑うのは三流、わが身を振り返るのが一流
読んでいて「あ、あの人のことだ」と思った人
それはそれで正しい。
でも同時に、一度だけ
自分に問いかけてみてほしい。
私は誰かに対して、
同じことをしていないか?
これは責めているのではない。
相手が依存的であれば、
自分が供給側になり、
相手が供給側なら、
自分が少し甘えてしまうことがある。
これはどんな人でも、
関係性という力学がある以上
避けられない。
それが人間というものだ。
これは構造であって、
人格の善悪ではない。
■ 状況を整理するためのチェックリスト
あなたが「削られている」と
感じている相手との関係を、
一度冷静に見てみよう。
☐ 会話の大半が相手の話で占められ、あなたの状況や気持ちへの関心がほぼない
☐ 「感謝している」「助かった」という言葉はあるが、相手が約束を破ったり、やると言ったことをやらなかったりする
☐ 相手が涙を流したり、過去の辛い話をしたりすることで、なんとなく相手に寄り添わないといけないような気になる
☐具体的に「こうなりたい」という話はなく、「話を聞いてほしい」「わかってほしい」が繰り返される
☐ 境界線を引いたとたん、距離を置かれた、あるいは相手がフェードアウトした
☐ 関わった後、疲れているのに「また連絡が来たらどうしよう」と考えるとさらに疲れる
三つ以上当てはまるなら、
その関係は「情緒的なたかり」が
構造化している可能性がある。
■ 離れていく人は、変われなかったのではない
境界線を引いたとき、
相手がフェードアウトすることがある。
それを「私が冷たくしたから」と引きずる人が多い。
でも実際のところ、
その人はあなたという人間に
興味があったのではなく、
あなたの優しさや承認を
供給源としていただけ
=
依存していただけだ。
安心していい、
あなたが優しさや承認を
供給しなくなっても、
エネルギーヴァンパイア認定される人は
別の供給源を探す。
それだけのことだ。
あなたが悪いのではない。
ただ、そこに「契約」や「ルール」という
物理的な壁がなかっただけだ。
■ 最後に
実際に口にするとすれば、こういうことだ。
「悪いが、私はあなたのママではないので、そこまではできない」
「契約の範囲を超えたリクエストには答えられない」
そうやって境界線を引くことに
罪悪感や恐れを感じることがあるだろう。
「私が我慢すれば丸く収まる」と
思ってしまうこともあるだろう。
しかし、本来、相手と
適切な境界線を引く=距離を取ること
はあなたの権利である。
なぜなら、あなたの時間やエネルギーは
あなたのものであり、
だれであってもそれを
収奪することは許されないからだ。
もし、境界線を引くことに
抵抗あがるなら、
そこには感情コストの存在を
疑ってみる方が良い。
その感情コストを処理すれば、
自然と他人と良い距離感を
取れるようになるはずだ。
行動の問題に見えて、
実際には感情の話なのだ。
もしひとりで抱えるには少し重いと感じるなら、声をかけてほしい。