物事は、ハッキリさせた方が良い場合が多いと思うがのう~
(´・ω・)
それが正解ばかりとも、言えない場合もあると思うぞな~?
昔、幼馴染みの友人♀と、こげな会話があったのだ
まあ、子育て論ぢゃ
🖐️
アタイは、ご存じの通り…子育ては
子供自身に任せる部分が多分にあるんだが~
特に、勉強に関しては放置に近いやも知れん
塾は、本人からの強い希望がない限りは、必要を感じとらん
(・ω・)
ん~な話を、幼馴染みと喋ってた時の事だが…
『色んな考え方で良いじゃない』
…と、彼女が話だした
『アナタはそれで良いと思うよ?私は、塾には行かせるし、
教育にお金をかけるのが親の務めだと思ってるから』
↓↓↓
アタイは、別に反論はしなかった
それぞれの考え方が、答えだとその意見で、お互いに納得した



ましてや、押し付ける必要など…全くないぢゃろう
アタイはアタイで、根拠があって…
塾には本人が言い出したらば、行かせると言うだけぢゃ
(´-ω-`)
『勉強』とは、己の為にする事だと思っとるからのう~
宿題は、先生との約束事ぢゃから必ずやれと
子供には言ったがね?
🖐️
まあ、これが今回のテーマぢゃあないから…ここで割愛
何か1つの事に対する結論には、
正解が1つしかない場合もあるが
必ず全ての物事に、たった1つの答えが
正解だとは限らんと感じるぞな~?
( ̄ー ̄)
物事の答えを人間が出すのなら、
いくつかの考え方が存在する時も当然あるのだ
さらに~、それぞれに根拠だって
あったりするもんぢゃからのう~
一概に、間違いだと決めつける訳にもゆかん場合があるのだね
せめて…互いの根拠を確認して、
お互いに認め合う余裕が欲しいと思うぞな~
ドイツ人のように、討論が出来る民俗ならば…
とことん議論を展開するもよし
たが…



日本人には、なかなかに難しいとアタイは感じるのお〜
(⌒‐⌒)
日本には…『曖昧』という文化があるぢゃろう
ハッキリさせないから、あんまり良い印象を持たれないんだが~
悪いばかりではないと思うがのう
白黒、ハッキリさせないと駄目な場合では、曖昧ではイカン
🖐️
何かの責任問題とかね?
(´・ω・)
だが…そゆ事でないのなら、答えを1つだけに絞らずに
複数を用意する“曖昧さ”があっても良かろう?
「ハッキリせんなぁ〜!」
↑↑↑
でも、かまわんと思うのだわぁ~
(笑)(笑)(笑)



無論…何から何まで、全てが曖昧ぢゃイカンがのっ
答えを急がんでも良い場合だってあるぢゃろ?
時間をかけたい場合とか…



誰かの成長を待ってから、答えを出す方がよい事だってあるのだ
(*^o^)/\(^-^*)
まあ、肝要なのはやたらに決めつけてしまい…
答えを押し付けてしまう様な、
そんな余裕のない態度ばかりぢゃイカンだろ?って事かねぃ
「どっちやねん
」
( ̄人 ̄) あ〜、ヤダヤダ