阪神大震災のあった年に、オウムのサリン事件があり現代史の平成時代で外せない記録になった。


我が家への影響は、当時小学校6年生の弟M君の修学旅行がバスで名古屋行きに変更されて、新幹線で広島行きを楽しみにしていたM君がガッカリしていたのと、今でも法事で話題になるのが、一昨年100歳超えで大往生した祖母の事で


なんと!祖母は当時サリンまかれた沿線をよく利用していて、当日気まぐれで電車乗らんとこ♪と予定変更して難を逃れたらしい。(それも、何故か急に定価だったのに卵を買いたくなってスーパーに向かいそのまま帰宅して家にいたんだそう)


 

 



 

 




80まで早足で歩き、ヨガ教室にも通うしきままな一人暮らしで、飽きればすぐお引越し。ちょっとでも鮮度が怪しいお惣菜等は絶対口に入れない。絵手紙やちょっとした小道具はチョイっと作ってしまう器用な祖母。めんどくさい事は嫌いイコール合理的。戦前の女学生って教養あって働き者揃いで、現代人とは違う文化持ってる。そんな祖母。生まれてすぐから1歳半頃と、病み上がりの父が退院した直後の3歳の時の1年足らずだけ一緒に暮らしたけれど、短い期間で祖母から受けた影響は、成人してから勤めた職場で同僚に「〇〇さん(私の旧姓)っておばあちゃんの話す方言やなぁ」と指摘された所に残ってると思う。


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ある時から白髪染め辞めて杖を持ち歩くようになり、若作りに整えたい人なのにどうした?と思っていたら「こないだ電車乗ったら若い子が席譲ってくれへんねん💢」

と嘆き、年寄りらしい姿で電車で席に座りたいが為なのだというびっくり

「それに、杖の先で信号のボタン押せるし♪」


笑い泣きそれは吉本のお邪魔しまんにゃ!のネタですやん!


 

 


杖をボタンに命中させられる視力と運動神経あったら、今日びの不健康な若者の方がヨボヨボしてるかも。


 

 


 

 




流石に80過ぎた辺りから、女学校時代のお友達が一人減り2人減りと召されて寂しさを呟いたり、90代で脳出血起こして施設行きになったりはしたそうだけど、マメで根性ある元気な祖母だったなと思う。


そういえば、祖母が危篤になったタイミングで私のネックレス(フェナカイト)のチェーンが切れ、納骨のタイミングでフェナカイトのチャージ石のダンビュライトが行方不明になり、ほぼ1年経った新月満月のタイミングで出てきたりし不思議だった、うちの環境は祖母の母が霊感で仕事していた人のせいか祖母も父もオカルト話は当たり前にあるって考えの人だったから、旅立つにあたって不思議現象起こしてみたのかな?

しらんけど。


最近習えるならチャレンジしたいのがベリーダンスでアサヤという杖をぶん回して踊る物なのも、社交ダンスに夜な夜な通っていた祖父と祖母の杖捌きを受け継ごうとしてたりしてw


あと、赤ん坊の頃に母入院時は、離乳食にちょうどよいからとぐい呑みにおかゆ等を入れて私に与えていたとの事。→私が飲兵衛なのはそのせいに違いないと言われている


 

 




なかなかに濃ゆい思い出の中にいる祖母だわね。


お彼岸とサリン事件に絡めて思い出してみた。