豊国文字の変遷


古代文字に興味があり、

いろいろ書いてみると、、、


時代や時代が変わっても、

「あいうえお」の日本語は、ずっと変わることなく

続いてきたことがわかります。





上古代の文字と言われるカタカムナは特別で

そこには宇宙の法則があり、

自然界の中に存在する

物質や生命の微粒子、その仕組みまでも

解いているので、

いわゆる神代文字以降の文明とは、

また次元の異なるものなのだと思います。





北海道異体(アイヌ)文字


神代文字は、古事記が書かれるまでは使われていましたが、古事記を作った藤原家の勢力が強かった時代以降は、使われなくなり、密かに残ったものが、現在では散見されるほどです。


663年の白村江の戦いに、百済・日本軍が負けた後、年間2千人を超える唐の使節団が次々と来日し都督府が置かれ、漢字使用令が出され、唐による日本支配が始まりました。


天智天皇の世に、渡来人の多い琵琶湖に都は移されましたが、672年の壬申の乱で、天武天皇が即位すると、都は飛鳥に戻されます。


この時代に、神代文字を理解していた、稗田阿礼が、古代の文献を読み解き、太安万侶が変体文字や万葉仮名を用いた漢字が使われ、古事記は、日本語の発音で読み解けるようになっています。


その後、稗田阿礼は、暗殺されています。






阿波文字で書かれた、

「メ オ フタバシラ ミオヤ」


古代から脈々と

日本には、深い神道の理念が息づいていた事を

感じ、それが日本の國體として今にあることを、感じずにはいられません。