「自然治癒力」を現在の医学部では教えないそうです。代替療法に関しても、とても批判的。
私は子供の頃、腎臓病で入院、数年通院し、注射しすぎて血管がタコになったけど、あの中味は何やったんかな? その間は禁運動、治ってからも、空手や剣道やりたい!と言ったら、親戚大勢を集められ絶対禁止!!
しかし、そんな中で、久しぶりに学校に行った時、太陽がポプラの大木の葉っぱの間から、キラキラと輝く光線を見て、あの時から自分の意思をハッキリと言えるようになりました。
そして12歳の時、ショート入院の後、芹沢光治良氏の本『パリに死す』を読んで、人には心よりも深い精神があるのを知り感動しました。
今となれば、あの時は必要な体験をしたのだと思うのですが。。。
5年前、急性甲状腺炎から、急性甲状腺機能低下症となり、動くこともままならない日々が続いた時、「もうこんな生活は嫌!!、」と、家の中を歩く事からセルフリハビリを始め、家の外を5分歩くような地道なリハビリを続け、数年かけ、今普通の生活ができるようになりました。
自然治癒力と、健康になる!という自らの意思をもつことかが病気から回復する基本です。
FBで見つけた記事から。途中文字数を超えるので、中略しています。
↓
日本人の8分の1が 慢性腎臓病なのだ と云われている。
そして日本では 32万人が人工透析を受けているそうだ。その医療費、1兆6000億円。
日本は 世界最大の人工透析大国だ。
「まず、最初に話しておかないといけませんが、、、腎臓病に効く特効薬と云うものはありません。現在の医学ではそう云う薬はまだ開発されていない。世界中 どこを探しても腎臓病の特効薬は存在していません。」
神戸大学の教授室で、日本1の腎臓病の権威 だと云われている教授は、そんな風に話し始めた。
「しかし、諦める必要は ありません。いいですか?」
「人間の細胞は常に入れ替わっています。ひとつの細胞が古くなって機能しなくなると 分解される。しかし、直ぐに新しい細胞が生まれて古い細胞と入れ替わる。そうやって、人間の全ての細胞は 日々新しい細胞に更新されて行きます。」
「腎臓も同じで、腎臓と云う臓器全体が新しい細胞に生まれ変わるまでには かなり時間が掛かるが、それでも2~3年で腎臓の全ての細胞が新品に入れ替わります。」
「いいですか?腎臓が新しい細胞に生まれ変わる、と云う事は慢性腎臓病も存在しなくなる。慢性腎臓病が治る と云う事です。」
「しかし、何もしないで じっとしていれば治ると云う訳ではありません。」
「君は中3の時に急性腎炎になってからの8年間、減塩して運動を控えてきた。そうですね?
2~3年で腎臓が新品になるんだったら、もう治っていてもオカシクない、そう思うかも知れないが、そんな簡単に治る訳ではありません。」
「最近、腎臓の調子が良かったので 働き始めた。しかし、数ヶ月すると 具合が悪くなって 腎臓病が再発した。」
「病院で見てもらった所、医師に(この程度なら大丈夫。働いても問題ありません)と云われて職場に戻ったが、2日働いただけで すぐにまた具合が悪くなった。 再び病院に行くと 今度は大量の尿蛋白が検出された。その結果を見た医師は首を傾げて、(分かりませんね)と匙を投げてしまった。それで 此処に来た。そう云う事ですね?」
「いいですか、腎臓と云う臓器は身体が疲れると負担が大きくなって 機能が低下し尿蛋白が下りる様になります。」
「疲れると腎臓が弱る。しかし、人間は動かずに生きては行けない。ではどうすればいいのか?」
「身体を鍛えて、疲れない身体を作る。それしか 方法はありません。例えば、10の強度の運動をするのに10の筋肉だと100%疲れてしまう。しかし筋肉を鍛えて20の筋肉にすれば、同じ10の運動をしても疲れは50%になってダメージは半分になる。もっと筋肉を鍛えて50まで上げれば、10程度の運動では全く疲れない様になる。そう云う事です。」
「疲れない身体になれば、腎臓に負担が掛からなくなり、尿中に蛋白が出る事も無くなる。」
「そこで、身体を鍛える為のリハビリが必要になります。ただ その前に君に言って置かなくてはならないのだが、、、このリハビリは君が自分でやる必要がある。医師に相談しながらやるよりも、自分だけでやった方が良い。」
「まず、街の薬局で(アルブスティックス)と云う尿蛋白の検査薬を買いなさい。これは薄いプラスチックのスティックの先に検査紙が付いていて、それにオシッコをかけるだけで検査が出来る。素人でも簡単に出来る。」
「薬を買ったら、とりあえずは尿検査をして、完全に蛋白がゼロになる迄待って、蛋白がゼロになってから、歩く とか走るとか、ん?自転車?それは良いね、自転車ならリハビリに最適だ。」
「検査して尿蛋白がゼロになったら、運動を始める。運動した後、家に戻ったらすぐに尿検査をする。多分大量に尿蛋白が下りているだろう。その後は安静にして疲れを取る。」
「この時、完全に疲れが取れるまで休む事が
一番大事だ。完全に疲れが取れて尿検査で尿蛋白がゼロになる迄待って、ゼロになってから
また運動をする。」
「心配しなくても 大丈夫だ。どんなに尿蛋白が大量に下りても、ちゃんと休めば必ず尿蛋白はゼロになる。」
「こう云う具合にリハビリを続けて行くと次第に筋肉が鍛えられて体力がつく。体力が付くと多少の運動をしても疲れる事がなくなる。すると 腎臓にも負担が掛からなくなり、尿検査をしても蛋白が下りなくなって、日常生活を普通に送れる様になる。」
「その状態を何年か続けて行けば、その間に腎臓を構成する細胞が全て入れ替わる。上手く行けば、慢性腎臓病は完治する。」
「どうだ?やれそうか?そうか。頑張りなさい。」
俺が23歳の時の話しだ。
俺は今、70歳だから 47年前の夏 だ。
教授室の開けっ放しの窓の外で
蝉が鳴き続けていた。
俺が慢性腎臓病で途方に暮れていた時
母親が働いていた昆布屋さんの同僚が
日本1の腎臓病の権威 が知り合いにいると
云うのを聞いて 紹介をして貰って、この日、
俺と母親は最寄り駅からバスに乗って
六甲山麓の中腹にある神戸大学の
古びた校舎を訪ねたのだった。
教授室に案内されて、俺と母親が部屋で待っていると、数分後に教授が現れた。
教授は部屋に入るなり、挨拶もそこそこに、
俺の病状について尋ねて来た。
俺が自身の症状を 余す事無く話し終える迄
じっくりと、時々質問を交えて聞いてくれた。
教授は俺の症状を聞き取り、理解した上で
上記の説明、そして 医者に頼らず自分でリハビリをどうやれば良いかを、教えてくれた。
教授と面会して、最初に驚いたのは その まずは患者の話を聞く と云う姿勢だった。
それは、此処に来る前に診てもらった市民病院の若い医師とはまるで違うものだった。
市民病院の若い医師は、まず尿検査をさせて 次に聴診器を胸に当てて診た。それから 尿検査の結果を見て、その結果だけから診断を下した。
俺の話しは半分も聞かず、聞き流していた。
それに比べて、日本1の腎臓病の権威と云われているこの教授は、聴診器を出す事も無く、尿検査をさせる訳でも無く、ただ話しをじっくりと長い時間をかけて聞いた上で、
想像も出来なかった解決法を教えてくれた。
『日本にも、こんな凄い先生がいたんだ!』
それが 正直な感想だった。
あの若い医師はビジネスで、
この教授は医術。
この二人は、違う世界にいるようだった。
(中略)
あの教授は信頼出来る人だと思ったし、
教授の理論とリハビリには、正に
目から鱗(うろこ)、そんな凄い手があったんだと、驚いたし、納得もした。
しかし、心のどこかでは正直な所 半信半疑でもあった。
『本当に運動をしても大丈夫なのか?』
8年間も減塩して、運動を控えて来たのだ。
結局、検査薬を買ってから3日目の昼過ぎに、清水の舞台から飛び降りる様な気持ちで、
リハビリに踏み切った。
ここで治さなければ、死んだも同然の生活が続くだけなんだから、、、やる しかない。
(この後、この方は突然ですが無茶苦茶なやりすぎの運動を始めます。あまりに長いので、、、中略)
『ヤッテしまった、、、もう、駄目かも知れない。ゲームオーバーかも、、、』
『こんな酷い状態から、本当に回復するんやろか? いや、まだ死んだ訳じゃあ無い。』
失神する様に眠りに落ちて、目を開けたら
既に次の日の昼過ぎになっていた。
直ぐに尿検査をすると、レベル(250)だった。
微妙な所だ。あれだけ ぐじゃぐじゃの どどめ色で、レベル(1000)以上ありそうな所から
色見本の内で、最悪のレベル(250)の青緑色になった。
色見本の想定を完全に外れてしまった色から
色見本の想定内の色に入って来た。
一応、蛋白検出量は減っているが、
丸々24時間も寝たのにレベル(250)にしか下がっていないのかと云う 気持ちもある。
しかし、死にそうな気配が無いのは確かだ。
その後 昼飯を食べて、寝床に戻ると24時間寝た後だと云うのに、あっという間に再び 眠りに落ちた。
晩御飯時に起こされると、取り敢えずはトイレに行って尿検査をする。
レベル(250)と(100)の間、(150)位だろうか。
良かった。順調に回復している、、、
寝る前に もう1回尿検査をしたが、レベル(150)と ほとんど変わっていなかった。
やっぱり、眠る事が大事なようだ。
3日目の朝、レベル(100)と(30)の間、感じとしては(70)位だ。
かなり回復して来た感じで、今日も寝床で横になっていたが、さすがに寝てしまう事はなかった。もう身体が睡眠を必要としていない様だ。
4日目の朝、一気にレベル(15)まで下がっていた。
5日目の朝、とうとうレベル(ゼロ)になった。
念のため、この日も安静にして過ごす。
リハビリの初回は、走った後24時間眠って
レベル(1000)からレベル(250)だった。
2回目の今日は、走った後 5時間眠って、
レベル(300)からレベル(100)になった。
ちょっと 目の前が明るくなった気がした。
行ける かも知れない。
次の日の朝、尿検査はレベル(30)だった。
3日目の朝、尿検査がレベル(ゼロ)になった。
この時点で 俺は、あの教授が言っていた事に完全に納得していた。
(中略)
検査薬を買い、自分で何時でも何回でも検査が出来れば、自分の腎臓が(今)どんな状態であるのかを手に取るように知る事が出来る。
このリハビリではそれが1番重要であって必要なのだ。
つまり、医師は必要では無いのだ。
毎回 リハビリをする度に、距離が伸びて、
運動直後の 尿蛋白検出量が少なくなって、
運動後から 、蛋白検出量が(ゼロ)になるまでにかかる時間も短くなって行った。
リハビリを始めて 3週間後、俺は須磨海水浴場でボトルに入れたコーヒーを飲んでいた。
往復で15Kmぐらいだ。
須磨、須磨浦、塩屋、舞子、垂水、朝霧、
と、走る度に距離はどんどん伸びていき、
2ヵ月後には、明石港にある明石焼きの老舗で
玉子焼き(たこ焼き)を昼飯に食べていた。
往復で40Km以上。
半年後、とうとう日帰りで姫路城まで走った。
往復で、百数十Km。
もう この頃には、平均時速30Km前後で走れる様になっていた。
この頃には、40Km以上走った直後の尿検査
でも レベル(30)からレベル(15)の間の尿蛋白の検出量にまで下がっていた。
そして、だいたい翌朝にはレベル(ゼロ)に回復する様になっていた。。
自分でも信じられない程のスピードで、みるみる内に体力が付いて、筋肉が強くなって行き、一気に 疲れない身体に変化して行った。
毎日が 楽しくなり、生きている事が楽しく なった。
走る事が、こんなに楽しくなるなんて 想像さえ した事がなかった。
走っていると、生きている充実感が 腹の底から噴き出して来るようだった。
もはや、自殺しよう なんて、頭の片隅にも無くなった。
リハビリ 1年で圧倒的に体力は付いたが、
やはり まだ慢性腎臓病が完治している訳ではない事に気づかされたのだった。
『あの教授は、腎臓の全細胞が入れ替わるのには2~3年は必要だ。と云っていた、、、』
リハビリは、やっと1年が経っただけで
まだ始まったばかり だった。
それからも、俺は走り続けた。
筋力を強化する為に、鵯越(ひよどりごえ)の
急坂を全身の筋肉をフル稼働させて登り、
自宅から六甲山の麓まで走ってから、表六甲ドライブウェイを ひと足毎に止まりそうになりながら全身でもがいて、標高900メートルを超える六甲山の天辺まで自転車で登った。
そんな風に、全力を出し切って走った後でも、もはや昔のような気怠い疲労感ではなく、心地良い疲れを感じるだけだった。
直後の尿検査でも、尿蛋白はレベル(ゼロ)からレベル(15)の間で、ほぼ蛋白は検出しないと云うレベルになっていた。
走るのは楽しかった。
夢中になって走り続けた。
生きている事が楽しかった。
中学3年生の時からの8年間も、運動を控えて、足を引摺りながら歩いていたから
俺にとって、走れる と云う言葉は、
生きてる と云う言葉と 同義語だった。
自分の体力に自信がついて、
働く事が出来るようになった
3年間のアジア旅にも行けたし、
結婚もして4人の子供も授かった。
そして、70歳まで生きる事が出来た。
47年前の このリハビリ体験が、俺の人生を一変させたのだ。
あの教授との 一期一会 の出会いがあったから、今 俺は元気に生きている。
それにしても、今更ながら あの教授は凄い人だったんだなぁ と思う。
今から遡って、半世紀も前に、あの画期的な
慢性腎臓病の治療法を確立していたなんて、凄い事だし、素晴らしい。奇跡的だ。
しかし、今になって俺が思うのは、
なぜ?教授の治療法が50年後の現在に至っても 世界に普及していないのか?と云う事だ。
今、日本人の8分の1が慢性腎臓病なんだと言われている。
そして 今、彼の治療法はどこを探しても見付からない様だ。
一体、何故なんだろう?
何故?、、、、、、?
理由を考えている内に、気が付いた!
半世紀前に、
彼は(日本1の腎臓病の権威)と云われていた。
日本で1番腎臓病を知り尽くしていた。
しかし、彼は医学界では異端児として扱われていた、彼の治療法はお金が稼げないからだ。
しかし、、、、、、
ここまで読めば嫌でも分かる事だが、
教授の治療法は、病院も医師も 必要としない
だから、教授の治療法は普及しなかった。
病院が拒絶した。
今 現在、日本には 32万人の人工透析患者が
いるそうだ。世界最大の人工透析大国らしい
日本は、異常に人工透析患者数が多いのだそうだ。
人工透析を、一旦受け始めると 平均して年間480万円の治療費がかかるそうだ。
日本全体となると、1兆6000億円になる。
巨大な医療費、、、人工透析は儲かる医療と云う事だ。
そして、1度人工透析を始めてしまうと、
死ぬまで続けなければ ならない。
やめると、あっという間に死んでしまう のだそうだ、、、
教授の治療法は医療界に利益をもたらさない からだ。
だから、普及しなかった。
しかし、それは逆に云えば 患者にとっては良い事ずくめだ、とも云える。
🔘病院にも、医師にも診てもらう必要がないから医療費は無料だ。
🔘治療に要する費用は、薬局で購入する
尿蛋白検査薬の千数百円のみだ。
🔘安全で、副作用もなく、完治する。
全く、良い事しか無い。
そして、今はネット社会だ。
そこで、俺は考えた。
『この50年間、教授の治療法 は世界に普及しなかった。しかし、ネット社会の今なら
(教授の治療法) をネットで公開すれば一気に世界に普及して行くかも知れない。』
そう思って、今 この投稿を書いている。
(教授の治療法) が世界に普及して(世界の常識)になれば、この世界から (慢性腎臓病) を根絶出来る筈なんだ。
俺はそう信じている。
そして、近い将来には(人工透析)と云う言葉が昔話になっていれば良い。
勿論、俺は医者でも研究者でもない。
医学に関しては全くの素人だ。
だから、もし この投稿を慢性腎臓病の患者やその疑いがある人が読んだ時、人によっては
「なんだ、こんな素人の話なんか 信じられるか!」
そう思う人もいるだろうし、それは当然の話だ
しかし、この治療法の場合は、誰かを信じる 信じないとか云う話では無いのだ。
この治療法は自分の手で調べ、自分の目で見、自分の頭で考えて、自分が実践して、自分が自分を治療する、 そう云う治療法なのだ。
だから、慢性腎臓病を治したいと思うのであれば、この治療法をやる やらないに関係なく、
薬局に行って尿検査薬を買う事を勧める。
昔は、(アルブスティクス) と云う尿蛋白の検査薬が売られていたが、5年ほど前に薬局で探したが今は売っていない様だった。
代わりに、下の写真に写っている(新ウリエースBT) と云う検査薬が売られていた。
尿蛋白と尿糖の2種類の検査ができる。
50枚入りで、千数百円だった。
1回の検査に要する費用は約30円で、
(尿蛋白)と(尿糖)の検査が同時に出来る。
多分、最近の慢性腎臓病は糖尿病系の割合が高いので2種類をセットにしているのだろう。
俺が思っているのは、
全ての慢性腎臓病患者とその疑いがある人は、尿蛋白検査薬を常備している方が良い。
検査薬を常備していれば、いつでも好きな時に検査出来る。
慢性腎臓病の患者にとって、これは非常に大事な事だ。
検査すればいつでも自分の状態を知る事が出来る。かなり危険な状況に陥った時にも すぐに気付く事が出来て、人工透析が必要になるような事態を事前に防ぐ事が出来るからだ。
そして、こまめに検査をして 腎臓の状態がどのように変化するのかをチェックして行くと次のような事が理解出来る筈だ。
🔘運動すると腎臓が悪くなる。
(尿中の蛋白検出量が増加する。)
🔘休んだり 睡眠をとると、腎臓は良くなる。
(尿中の蛋白検出量が減少あるいは消える。)
ここまでは、誰でも理解出来るだろうし、納得すると思う。
しかし、問題はここから なのだ。
本当に慢性腎臓病を治したいのか どうかで
道は2つに分かれて行く。
ひとつは、
運動すると腎臓が悪くなるのだから、運動を控えて 充分に休養をとる。
と云う生き方だが、当然ながら この方法では永久に慢性腎臓病は治らない。
そして、もうひとつは、
体を鍛えて 疲れない身体にする事で
慢性腎臓病を完治する、と云う教授の治療法だ
当然、これは慢性腎臓病を治す為の治療法だ。
47年前に、俺はそれこそ(生きるか死ぬか)と云う決死の覚悟でリハビリに挑んだが、、、
実のところ、そんな大袈裟なものではない。
例えば、普段通りにコンビニで買い物をした帰りに、ちょっとジョギングをして家に帰る。
軽くジョギングをしてみる、それだけだ。
途中で足が動かなくなれば、すぐジョギングをやめて残りは歩いて帰る。
それだけで 充分だ。ちょっと 普段やらない様な運動をしてみる、それだけで良いのだ。
そして、家に帰ったら尿検査をして確かめる。
結果、尿中の蛋白検出量がぎょっとする程に増えていたら、成功だ。
それは、普段使わない筋肉を使った証拠だ。
尿中に大量の蛋白が出たら、蛋白が消える迄
休養する。休めば必ず蛋白がゼロになる。
そして、尿中の蛋白がゼロになったら、
また同じようにコンビニの帰りにジョギングをしてみる。
今度は 前回よりもジョギング出来る距離が長くなっている筈だ。
運動後の蛋白検出量も減少し、
腎臓が回復する時間も短くなっている、筈だ。
肝心なのは、運動の後 安静にして、尿蛋白が(ゼロ)になるまで待って、完全に疲れが取れてから、次の運動を始める と云う事だ。
そうやって 負荷を上げて行けば、筋肉も体力も強くなって、疲れない身体になって行く。
疲れない身体になれば、腎臓にも負担が掛からず、腎臓は正常に機能する様になる。
その状態を2~3年続ければ、腎臓組織の全ての細胞が生まれ変わる。
本当に慢性腎臓病を治したいと 思うのであれば、ほんの少しばかりの勇気を振り絞れば良い
基本的に、慢性腎臓病の患者は 無理をしたくとも出来ないのだ。
ほんの少し、普段よりも強い運動をする。
それだけでリハビリはスタートする。
肝心なのは、完全に疲れが取れるまで(尿中の蛋白検出量がゼロになるまで)休む事だ。
それさえ 守れば、リハビリは成功して、
慢性腎臓病は完治すると、俺は信じている。
全力で走る事も、マラソンを走る事も
出来るようになるだろう。
ネットを通じて、教授の治療法 が拡散して
世界に 教授の治療法 が普及して
この世界から慢性腎臓病と云う病(やまい)が
根絶される事を願っている。
生きる とは 動く 事だ
そう 思い知らされた
あらゆる意味で、動く事で 人生は充実する
当時、すでに 60歳を超えていた老教授が 熱く
慢性腎臓病から回復する為のリハビリを
教えてくれたから、俺は今 生きている
あれが、俺のターニングポイントだった
どんなに頑張っても 大丈夫だ
完全に回復するまで 休めば
必ず 強くなって行く
70歳になった今でも 俺は
そうやって生きている。
