チベットのポタラ宮には、代々のダライラマがシンギングボウルを回しながら瞑想をする、そのための何の装飾もない部屋が存在するという。
ナムカイノブル師のゾクチュン・チベット仏教や中沢新一氏の本をあれこれ読み、チベットに憬れた。
10年前、ネパールに旅した時、ボーダナートで売られていたたくさんのシンギングボウルに出会う。その音に魅せられ、いかにも手作りのものやら、瞑想用のシンギングボウル、チャクラに合わせたカラーのシンギングボウルを収集する。
やがて水晶でつくられたフロスッテッドのクリスタルボウルの全身の細胞に響き渡る音の深さに引かれ「気=エナジー」を通して弾くことを教わる。一つの音が地に響きわたり、宇宙を動かしていく。
やがて、アルケミーという水晶に鉱物を溶かした新しいボウルが現われる。
クリスタルとの出会いと同じ。心の奥深い部分からつきあげてくる「衝動」とともに、アルケミーボウルを手にすることに。。。
「人が選ぶのではなく、ボウルが持ち主を選びます。」
どのボウルが「それ」なのか、ひとめでわかった。
そのテーマは「神聖なる美と豊かさ」が流れ出るボウルたち。
牧野氏いわく「教会系の高い鐘の響き」
そこに、フェナサイトのボウルが加わりました。
第6チャクラのB音。手持ちのフロステッドの美しいB音と同じで熱海では迷ったのですが、京都に帰り、電話で音のやりとりをして即決。
届いて納得。上昇螺旋を描くその力強さ、そして、同じほど、地中にも下降する螺旋の響きがピラミッドのように幾何学的。はるかにフロステッドの次元を超え、多次元的であり、スピリチュアルな目的に光を導く強力なツール。
これらの生命の輝きは、音の癒しとなり、つぎの物語へと繋がっていく。
「治癒とは、宇宙とそこに含まれる全てを、ひとつの織物とみなし、生と死の間に相違をみない、天地創造の経験を見いだし、、、その質感や多層的な意味を実感するようなもの。」
アルケミーボウルのミニコンサートをひらくために新大阪駅を通った時にみつけた「グリーフ(悲嘆)ケア」のポスター。
20歳代にこの道に取り組むもうと決意した「よ~い、始め」に繋がった
ナムカイノブル師のゾクチュン・チベット仏教や中沢新一氏の本をあれこれ読み、チベットに憬れた。
10年前、ネパールに旅した時、ボーダナートで売られていたたくさんのシンギングボウルに出会う。その音に魅せられ、いかにも手作りのものやら、瞑想用のシンギングボウル、チャクラに合わせたカラーのシンギングボウルを収集する。
やがて水晶でつくられたフロスッテッドのクリスタルボウルの全身の細胞に響き渡る音の深さに引かれ「気=エナジー」を通して弾くことを教わる。一つの音が地に響きわたり、宇宙を動かしていく。
やがて、アルケミーという水晶に鉱物を溶かした新しいボウルが現われる。
クリスタルとの出会いと同じ。心の奥深い部分からつきあげてくる「衝動」とともに、アルケミーボウルを手にすることに。。。
「人が選ぶのではなく、ボウルが持ち主を選びます。」
どのボウルが「それ」なのか、ひとめでわかった。
そのテーマは「神聖なる美と豊かさ」が流れ出るボウルたち。
牧野氏いわく「教会系の高い鐘の響き」
そこに、フェナサイトのボウルが加わりました。
第6チャクラのB音。手持ちのフロステッドの美しいB音と同じで熱海では迷ったのですが、京都に帰り、電話で音のやりとりをして即決。
届いて納得。上昇螺旋を描くその力強さ、そして、同じほど、地中にも下降する螺旋の響きがピラミッドのように幾何学的。はるかにフロステッドの次元を超え、多次元的であり、スピリチュアルな目的に光を導く強力なツール。
これらの生命の輝きは、音の癒しとなり、つぎの物語へと繋がっていく。
「治癒とは、宇宙とそこに含まれる全てを、ひとつの織物とみなし、生と死の間に相違をみない、天地創造の経験を見いだし、、、その質感や多層的な意味を実感するようなもの。」
アルケミーボウルのミニコンサートをひらくために新大阪駅を通った時にみつけた「グリーフ(悲嘆)ケア」のポスター。
20歳代にこの道に取り組むもうと決意した「よ~い、始め」に繋がった


