またまた姑との話です。

 

 

 

 

 

用事で姑が来ていました。

 

たまには贅沢をと銚子丸へ。

具たっぷりのあら汁が、

小雨で冷えた体に沁みます笑い泣き

 

 

 

オススメ地元セットを食していると、

今月、

私の親(毒親。8年以上振り)と会う話題に。

 

 

姑「この(毒親と会う)後、

お茶でもって家にあげてちょーだい」

 

私(また言ってる…えー

 

姑「これを機に仲良くなってちょーだい」

 

「ちょくちょく連絡とりあってちょーだい」

 

「家にも気軽に呼んであげてちょーだい」

 

私、箸を置く真顔

めっきり食欲が失せる。

こうなると今回の会うことすら億劫になる…

 

そのとき、声をあげたのは夫。

 

夫「お母さん、それはちょっと欲張り過ぎだよ」

 

姑「何よ、何が欲張りなのよ」プンプン

 

夫「今回会うだけでも相当な進歩なんだよ」

「それ以上の無理強いはできないよ」

 

「〇〇さん(私)は

お義母さんが原因の心の病気で、

こうして普通に話せているのも薬のおかげなんだよ」

 

「悪化するかもしれないのにそれでも会うって言ってくれてるんだから」

 

姑「お義母さんが原因の病気って何よ」

「そんなのは病気とはいわないわよ」

 

そして姑は自分の生い立ちについて話始めました。

 

5歳(自分)、3歳、3ヶ月の時、

母を結核で亡くした。

戦後のせわしい世の中で、

子育てしてもらうためだけに、

夫を亡くした人を紹介され一緒になったが、

この継母が酷く辛くあたる人だった。

自分は成績優秀で聞き分けもよかったけれど、

下の子達は酷く扱われた。

 

姑「そんな人でも、

私はいてくれたことに感謝しているわよ」

 

「毒親だって子育て大変だったでしょうから

多少のことはあったでしょうけど、

それを言うのは…ねぇ…」

 

 

姑の生い立ちには涙しながら聞いた。

言いたいことはわかる、

 

ところで下の子2人はどうだろうか、

姑と同じ気持ちだとは思えないけど。

 

そして、これはウチの問題。

姑の話と比べることじゃない。

 

そう反論するのも気が引け、

ただ今後は毒親ウェルカムですよって訳でもない

 

私「今回の目的は孫に会わせることです」

 

姑「そうね、それは大事よね」

 

夫「今回、それができるんだからいいじゃない」

 

姑「まぁ、そうね…」

 

これ以上は誰も話を続けませんでした。

 

せっかくの銚子丸、

すっかり食欲がなくなり

セットと1皿しか食べられなかったショボーン

 

にしても、夫、

頑張ってくれたなぁ。

だいぶ助かった。

 

でも私が病気で薬のおかげで話ができる状態

って思ってるんだなぁ。

 

自分でじぶんのことがよくわからないけど、

そうなのかもなぁ。

もっと自分の体調、気にかけないとな。