今日はよく晴れた清々しいお天気だった。
実家に柿の木があって、母は毎年(実がなれば)干し柿を作る。
渋柿。
昔はこの作業が「面倒くさいな~」って思ってた。
手がベタベタになるし、何より「やらされてる感」が嫌だった。だからいつも逃げてた。
「干し柿なんてどーでもいいし!」って思ってた。
久々だったからか、手伝ったら楽しかった。
①柿の皮を剥く。
②焼酎につける(カビ対策)
③紐で結んでベランダに吊るす、以上。
柿の皮を剥きながら、母がぽつりと言った。
「日本の暦で〈神様がすべての罪を赦す日〉っていうのがあるらしくてね。」
「天赦日のこと?」
「そう、それ。知ってるんだ。」
母は今まではそういう「開運日」は迷信だと信じなかった、でも最近友人から「天赦日」のことを聞いて、へぇ、そんな日があるんだと思ったそうだ。

ひたすら剥く。
久しぶりに母とゆっくり話をして、いろんなことを感じた。
なんだか不思議な感じだった。
私のお母さん、というより
一人の女性としての母と話をしている、という感覚だった。
母は一人の女性として、一人の母として、
私とは違う人生を生きてきた。
もちろん母はずっと私の母なんだけど、
対等な魂の仲間なんだ。
必要な時に必要なものは必ず用意される。
準備が出来たら、受け取れる。
もし傷ついたとしても、
誰かに癒してもらわなくても、自分で癒すことが出来る。
私は今でも自分を責めることがある。
ほとんど自動的に。
天赦日はまだ先なんだけど
そんな自分を許すことにした。
「私は、私を許します。」
癒すとは本当の自分に還ること。
許すとは握りしめていた手を緩めること。
今日、母と過ごした時間を私は忘れないと思う。



