奈良の平城宮跡に梅が咲いてた❤️ふんわり春を感じる。
昨年の12月のこと。
次女のお迎えの帰り、車を運転していた時のこと。
通り沿いのコンビニに寄ろうと思って一時停止したときに、後ろから車に追突された。
あの〝ドン!!〟という衝撃。
幸い、軽いムチウチで済んだ。
子供も無事だった。
相手の方が保険会社に入ってくれていたので、修理代、医療費など全て保証してもらえた。
しばらくは頭痛と首の痛みがあった。
友人と会う約束も延期してもらった。
すごーくモヤモヤした。
「はぁぁぁぁ、何でこんなことに・・・」
ノートに書くと、
「私は悪くないのに」
と思っている自分がいた。
私は悪くないのに、負債を負った。
車をぶつけた方=加害者=悪い
車をぶつけられた方=被害者=悪くない
事故を「マイナス(-)」とすごーく捉えていて、何とか「プラス(+)」になればいいと考えていた。
車に追突された(マイナス)
頭痛と首の痛み(マイナス)
でも保証おりたし。(プラス)
娘は怪我も無かったし。(プラス)
相手の人もいい人だったし。(プラス)
なんか、無理やり帳尻を合わせようとしている自分がいた。
事実は「私が運転していた車に相手の車が追突した。」
「あの時コンビニに寄らなければよかった?」
「子供を預けなければ良かった?」
「そもそも車を運転しなければよかった?」
なんて、考えたりもした。
やっぱり車は運転したいし、便利だし、子供は預けたい。コンビニも行きたい(笑)
事実は「私が運転していた車に相手の車が追突した。」
『出来事に「プラス」「マイナス」をつける』
『出来事に「良い」「悪い」をつける』
という視点から、
もっと「引きで見る」と魂目線を持つと、
そこから見えるのは「事実」だけ。
その両方の視点を持つと、
本当はどうしたい?とシンプルに問える。
(間違ってもう車は乗らない!とか的はずれにはならない)
やっぱり車は運転したいし、便利だし、子供は預けたい。
もちろん事故は嫌だけど!
絶対嫌だけど。
「何かをしたい」
と思って、行動するときには
あらゆることが起きる可能性もある。
そこには、手に入れたい思っていた
「心地よい」「ワクワク」「楽しい」
と同時に
「嫌なこと」「恐怖」「苦しい」
も経験するかもしれないということを引き受けること。
どちらも同じこと。
対等な経験。
「私の乗っている車に相手の車が追突した。」という経験を持った、ということ。
だから予測しておこう、というより
「全てを引き受ける」と決めること。
子供が無事だったことに感謝。
私も車の運転は気をつけよう、と思った。
年末にあったこの「出来事」は、
「すべての経験を引き受けること」を思い出させてくれた。
いつもいつも本質を思い出させてくれて、ありがとう。


