藤本さきこ認定講師・安井佐和子です♡
 
 3歳の娘のお絵描き。何かを描きたいって表現の基本かも。
 
 
 
 
私の小学生の頃の夢は「漫画家になること」だった。
 
全然上手じゃなかったけど、物語を考えて(ベタなラブストーリーだった笑)
 
漫画という形で表現することにとてもワクワクしていた。
 
 
 
画用紙や丸ペンやインクなどを買って、漫画家風に浸るのも楽しかった。
 
 
母親に漫画家になりたいと伝えると「お母さんが見てOKなら本気で目指していい」みたいなことを言われて、
 
「お母さんに見せるのは恥ずかしい・・・無理!」と
 
それまで一生懸命にやっていたのもあっさり諦めた。
 
その程度かい!って感じなんだけど。
 
 
 
 
今思うと、表現するという喜びにはいつもセットで、
 
「この表現をどう思われるか」
 
という思いがいつもあった。
 
 
認められたい(=存在価値)があった。
 
 木漏れ日が美しい。写真ももちろん表現。
 
 
 
 
表現とは内側から自然に湧いてくるもの。
 
 
私たちはいつも表現している。
 
行動全てが表現だから。
 
 
それに対して、頭(思考)が勝手にジャッジ(判断)を下している。
 
 
「どうしたいのかわからない。」
 
「何が好きなのかわからない。」
 
 
そんな時は頭(思考)が自然と湧いているものを良いか悪いか判断して
 
気付かないように、キャッチ出来ないようにさせている。
 
 
 
「表現することができない」
 
そんな時は、この表現が恥ずかしくないかどうか(お母さんのように)
 
自分の思考が監視していた。
 
 
この思考は私のものではなく、ただの「設定」ということを認識する。
 
 
 
「恥ずかしくない表現ならしてもいい」
 
「誰かを納得させれるような表現ならいい」
 
「誰かの心を震わすような表現ならいい」
 
とっても難しくしていた。
 
 
私が私に表現することを制限していた。
 
 
 
子供の頃にお母さん次第だったように、
 
誰か次第だった。
 
 
 
 
表現とは私から出てくるものすべて。
 
いつも自然と溢れ出てくるもの
 
無限に産み出しているもの
 
ということを思い出す(決める)と、
 
必ず感覚が教えてくれる。
 
 
 
 
良いものだけ受け入れますよ、という姿勢ではなく
 
全てを受け入れる。
 
 
 
 
 
私たちの内側から、いつもいつも湧き出ている。
 
それをまず私から認識すること、その繰り返し。
 
 まず私だけで私の存在を認めること。
 
 
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