昨年の3月に息子が生まれて、10ヶ月。
帝王切開で出産。
手術した翌日の夜、まだ赤ちゃんとは別の病室で一人で寝てた。
夜中に目が覚めてぼんやりと天井を眺めていた。
寂しいような、ホッとしたような。
赤ちゃん、無事に生まれて良かったな
麻酔がまた切れたら痛いだろうな
体がだるいな、、
などとぼんやりと考えていた。
思考がわいては消えていき、また浮かんでくる。。
そんな中、ふと
体の奥底から熱い思いが溢れてきて、涙が出て止まらなかった。
麻酔がかかっている間に手術は終わったので
大変な出産を経験して感動した、というわけでもなく
その時は、言葉にならない感覚だった。
今思うと、私は体感したんだ。
女が「産み出す性」であるということ。
そしてそれは、子供じゃなくても、言葉でも、何か別の表現でも何でもよくて
女は勝手に産み出し続けるものなんだと理屈ではなく、体感したからだったんだ。
見返りなしに与えることができるもの
感覚としては出し続ける、産み出している
という言葉が近い(同じこと)
子供産むことってすごいわ!って思ってたけど
もちろんすごいんだけれども
本来、女はただただそういうものなんだ。
妊娠出産は素晴らしいことで、
そしてやっぱりとても自然なことなんだ。
特別にしなくていい。
女はこういうものだって忘れちゃって
「平等!平等!」って言うから
妊娠出産生理が損になるんだ。
私は嫌とか言っても
勝手に産み出し続けている
さきこさんが言ってたこと、妊娠出産生理を否定することは最大の女性性否定。
これを無視できないからなんだ。
私は女である。
これは自分自身に対する表明なんだ。
だってこんなに私の中から溢れてくる。
内側から産み出している。
本当に当たり前すぎて、自分で自分のこと認められない。
だからやっぱり在るだけでいい。
どんどん産み出していることを認識することそれだけなんだ。

それを体感して、
思い出して涙が出たんだ。

