藤本さきこ認定講師の安井佐和子です。
熱海ひらまつのお部屋からの景色❤️素晴らしい経験が できたことに感謝です。
私は何かするときに、よく「周囲に知られたくない」という思考が出てくる。
ノートに書くと、
私は堂々と幸せであってはいけない。
私は堂々と豊かであってはいけない。
という設定があることに気づいた。
堂々としていたら、妬まれるから。恨まれるから、嫌われるから。
で、誰に?って自分に聞いたら「お母さん」って出てきた。
足が悪く、体調がいつも優れず外出できない母。
事実は、
母は足が痛い(らしく)、体調も優れない(らしく)、家にいることが多い。
ここに私が勝手に幻をひっつけていた。
不自由な母。気の毒な母。
大変な母。
かわいそうな母。
私だけが好きに生きたら、母に妬まれる。
私だけが幸せになったら、母に恨まれる。
私が勝手に幻をひっつけ、妬まれる、恨まれる世界を創っていた。
私は母親に対しても勝ち負けの視点だった。
悲しい。
本当に勝ち負けは嫌だ。
もうやめた。
もうここで二度とザワザワしない。
バグはスルーする。
先の願いは、母に安心して欲しい、喜んで欲しい、だけなんだ。
私は堂々と幸せであっていい。
私は堂々と豊かであっていい。
さきこさんが熱海合宿で言われていたこと
「私がこうしたい」
「私の願い」
というのは、「私」が分離されているとき。
自分の方が先に願いが叶うとき、他人にマウンティングしたり、申し訳ないと思ったりする。
なぜか個の感覚を持っている。
個の私を自分だと思っている。
私だけが幸せになるのは申し訳ない
私が豊かになるのは申し訳ない。
って分離した「個」の感覚なんだ。
私をなくす。
幸せである。
豊かである。
ってつまり、
私が幸せであるとき、みんなも幸せである。
私が豊かであるとき、みんなも豊かである。
なんだ。
そう感じるとき、私の心は本当に自由で、喜びを感じる。
本当の私の視点に戻す。
思い出す。
堂々と本当の私で在れ。
熱海でさきこさんに頂いたメッセージ。いつも忘れない。




