藤本さきこ認定講師・安井佐和子です。
ずっと「私は駄目な人間だ」と思っていた。
そう思っていた理由はありすぎて書ききれないのですが(笑)
決めたことが続かない
頑張れない
思慮が足りない
成績が良くない
親の言うことが聞けない
だらしない
たくさんあるのだけれど
ノートを書くようになって、
自分がいかに「駄目な私」でいるための努力をしているかがわかった。
結局、
駄目な私でいる「先の願い」は、
駄目な私でも受け入れて欲しい
駄目な私でも愛して欲しい。
って外側に向けての思いだった。

誰に受け入れてもらわなくても
愛されなくても
私が私を受け入れること
私が私を愛すること。
無条件に、私は存在するだけでいいとすること。
駄目な私を手放したくない自分にも気づいた。
駄目な私の方が愛される
駄目な私の方が大切にされる。
だって今がそうだから。
駄目な私じゃなくなったら大事にしてもらえなくなる!
ってしてました。
「駄目な私のままでいい」ってすると、「駄目な私」でいるメリットを手放せなくなる。
なぜ愛されたいのか
なぜ大切にされたいのか。
私の安心は外側次第になっていた。
安心は外側には無い。
今すぐ自分だけで安心出来る。
安心とは私で在ること。

今まで「駄目」としてきたこと。
なぜ駄目と思うのか?
二極の視点(いいか、悪いか)で物事を見ているということ。
世間の常識だから、という理由でそう決めてるということ。
両親に言われてきたから、そうしているということ。
それらを採用することを、全部やめようと決めた。
やっぱり
どうすればいいか、
より
どうしたいか?
で選んでいきたい。
最終的にどうするか、どう行動するか、は何でも良くて
自分の本当の願いを私がまず、知っておくことだ。
このままでいい、とは在るがままでいいということ。

