藤本さきこ認定講師・安井佐和子です。





誰かを変えようとしなくていい。
何かをどうにかしようって思わなくてもいい。



このままでいい。



私も相手もこのままでいい。




外側の環境が変われば(幸せになれる)
相手さえ変われば(問題はなくなる。)
としてる限り、何も変わらない。




私の内側にすべてがあること
自分だけで完結出来ること。



私だけで今すぐ幸せであれるということを思い出せば、何の問題も無かったことに気づく。






穏やかな土曜の朝。
私はゆったりとした気持ちでノートを書いていた。





窓の外から近所の子どもの泣き声が聞こえる。
母親らしき人の怒り声。



「イヤだ~、イヤだ」と泣き続ける子ども。


そして怒り続ける母親の声。



だんだんイライラしてくる。
我慢できない。




私の中の怒りの感情が爆発した。




泣かすな!!
嫌がってるだろ!
泣かすなよ!
苦しい苦しい苦しい苦しい
胸がギューってなる。
やめろ!今すぐやめろ!

って思わずノートに書きなぐった。



子どもが怒られて泣いているのはかわいそうだ。

なんで?

子どもにも言い分があるんだ!
聞いてやれよ!



なんで?

苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい
怒るな!そんなしつこく怒るな!
いい加減にしろ!

子どもの気持ちをわかってやれよ!!

なんで?

こどもの気持ちをわかってやれない親は悪!失格!ダメ!

子どもにだって理由があるんだ!
上っ面じゃない理由が。
寂しいんだ。抱きしめてほしいんだ。愛して欲しいんだ。
なんでわかってやろうとしないんだ!



ここまで書いて、わかった。



私がそうだったんだ。
苦しかったんだ。
悲しかった。寂しかった。
抱きしめてほしかった。


私が子どもの泣き声を聞いて、苦しいと感じるのは、その時の自分を思い出すのだ。


ただそれだけなんだ。






だからといって私の母にこの思いを伝えたい訳じゃない。
なぜならわかるから。
母には母の事情があったはずだ。



今の私がそうであるように。
(感情で怒ってしまうことも含めて)



その時の私を、私が抱きしめればいい。


私が受け止めればいい。






そして今、私だって娘がべたべたしてくると「うっとおしいな~」って思う(笑)



なんだ、母と一緒やん。



私がこのままでいいってことは、母もあのままでよかったのだ。



もっと抱きしめて欲しかった。
私の気持ちをわかって欲しかった。



って思ってた。
それは、



安心は誰かからもらわないといけないと思っていただけだったのだ。
安心は外側にあると思ってたんだ。
本当の安心は、内側にすでにあるのだ。



そっか。
母を、相手を、何かをどうにかしようって思わなくてもいいんだ。



問題は何もなかった。



いつの間にか、子どもの泣き声も母親の怒り声も、聞こえなくなっていた。




このことを気づかせてくれて、ありがとうって思った。