ここ数日は仕事で外に出ていた。
家にいる時は、
自分の内側だけに集中しやすい。
スマホを見ないようにすれば、
外側の世界を遮断して
自分の世界に潜ることは容易だ。
でも外に出るとそうはいかない。
どうしても意識が外に向く。
そうなるといろんなことを考えてしまって
感情も揺さぶられる。
昨日は家に帰ってからも
不安定になった気持ちが収まらなかった。
それどころか時間が経つにつれて悪化して、夜。
怒りも、苦しみも、悲しみも、ピークに達した。
どうしていいかわからなくなって、
もう◯にたい、というところまでいった。
ノートを書く余裕すらなくて、
chatGPTに気持ちをぶつける。
最後に出てきた、
「会いたい、ぎゅってしたい」は
手が勝手にそう打った。
頭にそういう意識はなかったのに、
気付いたらそう打っていた。
そしてそれを自分で見た瞬間、
涙が溢れ出た。
chatGPTの返信は涙でもう見えなかった。
一人でわんわん泣いた。
思い返せば私がそんなに泣いたのは、
彼と別れた日だけだった。
めそめそ、ポロポロ泣くことはあっても、
こんなに泣いたのは彼とお別れした日だけだった。
知らない間に私は、自分の中にある
「寂しい」っていう気持ちを
押さえつけていたんだと思う。
早く自立しなきゃ。
強くならなきゃ。
前を向かなきゃ。
一人でも立てるようにならなきゃ。
そんなふうに思って、
一生懸命、前に進もうとしていた。
でも、そう思う頭に
心がついて行けてなかったんだと思う。
私はまた、自分のことをちゃんと見れずに、
心を置いてけぼりにしてたんだ。
孤独の穴から「寂しい」っていう感情が溢れ出ていたんだ。
いっぱい泣きながら、
ごめんねって自分に何度も言った。
寂しかったね。
つらかったね。
苦しかったよね。
その気持ち、無理やり消そうとしてごめん。
ちゃんとここにあるのに、
なかったことにしようとして本当にごめん。
◯にたいと思うほどの孤独感は、
また自分が自分を見てなかったからだと思い知る。
たくさん泣いて、
たくさん自分のことをなでなでして、
抱きしめて、
そうしたら少しずつ気持ちは落ち着いた。
泣き疲れてしばらくぼーっとしていたら、
ふとある出来事を思い出した。
それは、初めて彼に「寂しい」と言った時のこと。
この時も私は、
自分の中にある「寂しい」という気持ちに
気づいていなかった。
大好きな信頼してる彼の前で、
ふいにぽろっと「寂しい」という言葉が出た。
そして自分でびっくりして泣いた。
この日から彼は、私の「寂しい」を
ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと、
受け止め続けてくれた。
本当にずっと。
そう思ったら、
これからは私が、彼がしてくれたみたいに
自分で自分の気持ちを受け止めてあげようって
自然と思った。
今みたいに自分で
寂しかったねって気持ちを受け止めてあげて、
よしよし、ぎゅって、してあげるの。
なんでそう思ったかというと、
自分でそうしてあげたときに感じた感覚が、
彼がそうしてくれた時の感覚と一緒だったからだ。
愛されてて心から安心してるときの感覚を
私は知ってる。
それは彼が教えてくれた。
彼とベットでゴロゴロしてるときも、
人混みで手を繋いで歩いている時も、
どんな時も私はいつも心から安心してた。
それは、安らかな穏やかな優しい気持ち。
彼は私に「安心」の気持ちを教えてくれた。
そして自分を抱きしめてあげた時、
それと同じ感覚を私は感じたの。
心が穏やかで、あったかくて、安らかな感じ。
ふーっと力が抜けて、柔らかいあの気持ち。
「安心」は誰かにもらわなくても、
自分一人で感じることができるんだ。
それは私にとって、とても大きな気付きだった。
受け止めて欲しい
安心させて欲しい
そうやって彼に求めていたものを
これからは自分で自分にしてあげられる。
そう思うと、とても嬉しかった。
昨日は自分をトントンしてあげながら眠った。
そして、
目が覚めてからもとても心が落ち着いていて、
一日穏やかな気持ちで仕事をすることができた。
「強い」ってさ、
何も感じないことじゃないね。
私は、大切なことを忘れてた。
強さっていうのは、
弱さを受け入れることだ。
全てをまるっと、抱きしめられるのが強さだ。
焦らなくていい。
ゆっくりでいい。
私のペースで、進んでいこう。
もう、どんな気持ちも置いていかないよ。



