“愛される”カラダで在りたいな。と思った週 | すうりあ∞ようこの●感じるカラダ○観じるココロ●

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嫋(たおやか)に~強(したた)かに~“快”を知る

先週、ショーパンがどうのこうのと書いてきた。
この年だし。。。とかってね。そしたらさ、その度に、ジロちゃまがFacebookにコメント入れてくれてた。ってのも書いたよね。


「歳なんか、関係ないやん!自分に合うなら!それが一番良いよ!!」
「復活しなされ!! ショーパンは、お洒落なパンツだからね!!」



いや、コレ、ほーんと励みになったです好ありがと
私という女は、“愛される”って言葉を使いたがらないヤツなんだけどさ。

だって、人の愛や恋の在り方って、それぞれやけん、“愛される”ほうが得意な人もいりゃー、“愛する”ほうが得意な人がいるワケで、皆がみな、“愛される”ってことに価値を見出し、それだけを追い求めていったらば、得手不得手orバランスの問題で、上手くいかないことが山ほどある!からね。


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でも、今回のこの記事においては、
“愛される”カラダって、言葉を使ってみる。


愛されるカラダって、
すなわち、
可愛がってもらえるカラダ
すなわち、
ヤりたいエッチエッチって思われるカラダ


ってことなのね水着


だからさ、ジロちゃまが、そうやって、コメ入れてくれてんのもさφ(.. )

ショーパンの履けるカラダでおれよー。
ショーパンの似合うカラダでおれよー。
オレが抱きたい!って思えるカラダでおれよー。



って言うてるような気がしてならなかった件にやにや。水着