無の会❗️超優秀な若者が集う会津美里の無双農家❗️② | UKYOU『ババジに捧げる』自分自神®︎創造の法則  

UKYOU『ババジに捧げる』自分自神®︎創造の法則  

自分自神®︎創造の法則 UKYOU 生涯学習のライフクリエイトアカデミーUKYOU代表。虹・LGBTQグッツ専門店『MirclesRainbow』代表。脳波調整マシンマインドスパ世界1販売店。愛と平和の奉仕団『ミラクルズ』団長*国内だけでなく世界中で奉仕と祈りの活動をしています。

 

2025年~マルチハザードの

大激動の暗黒時代

 

和多志の利他・無私の救済を求める祈りに

天はハッキリと導きを与えてくれた…。

 

下記記事は必見です。

 

ベル天が白羽の矢を立てた若者たちとの出逢い!

 

 

今日の記事は、下記の記事の続きです。

 

まずは、下記の記事を必ず読んでから

読み進めてください。


ベル天が白羽の矢を立てた福島1の有機農家!『無の会』超優秀な若者が続々と参画する会津美里の無双農家!

和多志は、自分のエゴで

この記事を書いていません

 

和多志は導きに従って

全てを行っています。

 

あなたが、たまたま

ここに辿りつくことはありません。

 

ここに辿りついたことは

あなたの祈りの答え

 

であり

 

あなたの苦しみや悩みを

救済するための道しるべ

 

を、天が与えてくれたものです。

 

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天が白羽の矢を立てた!福島県最大の有機農家『自然農法 無の会』滞在記 

 

2025年3月20日(春分の日)

宇宙元旦と呼ばれるこの日に

 

わたしは、天の導きによって

 

福島県最大の有機農家

 

2030年には110ha取得

(皇居と同じ大きさ)で

 

日本1の有機農家となる!

自然農法無の会

 

に、無の会の主軸メンバーである

 

大島武生青年のアテンドの元

 

滞在することとなった。

 

image

 

無の会の代表であられる児島徳夫先生

 

今回アテンドしてくれた

 

京大農学部出身の大島武生青年

 

無の会の頭脳であられる

株式会社ZENBUの宇野宏泰氏(31)

 

については

 

下記の記事に書いているので

まずは、下記から読んでほしい。

 

 

無の会福島県の会津美里町という

イマでいう限界集落と

呼ばれる場所に存在する。

 

会津美里町の大きさは

276平方キロメートル。

 

この大きさは

 

東京23区の約半分の大きさ

(東京23区は約627km²)

 

人口は、2025年3月時点で

総人口:​17,188人 ​ということだけど

人口の42%が65才以上。

 

年少人口(0~14歳):​約2,253人(13.1%)​

生産年齢人口(15~64歳):​約11,347人(66.0%)​

老年人口(65歳以上):​約7,313人(42.5%)​

 

自然豊かで磐梯山(ばんだいさん)などの

山々に囲まれた盆地で

内陸中の内陸。

 

美しい水資源が豊富で

広大な田園風景が広がる

THE田舎町だ。

 

現地に行って思ったけど

本当に聖なる山々に

町自体がぐるりと囲まれていて

 

護られている場所

 

なのだと感じた。

 

春分の日の日の出の太陽を浴び

 

太陽エネルギーを

心身に取り入れてから

 

会津美里町の無の会を目指して

いざ出発!

 

(春分の日の日の出をどうぞ!)

image

 

江の島から東京まで

1時間半ほどかかり

 

東京駅からは

➡新幹線でまずは郡山へ

所要時間は

1時間15分~17分

 

福島なんて誰も行かないだろうと⇦

思っていたら、3連休のためか?

新幹線はグリーン車1席しか空いておらず

全席満員の誤算!

 

次から会津美里に行く際は

あらかじめ早い段階でチケットを

取っておこうと心に誓った…。

 

郡山から在来線

JR磐梯西線に乗車し

終点の会津若松駅を目指す!

 

(郡山から会津若松まではどんどん北国らしい雪景色になっていく)

 

郡山から➡

所要時間:1時間15分で

会津若松駅に到着。

 

トータル

東京駅からだと

2時間30分で

無の会の最寄り駅である

会津若松駅に到着!

 

こっから、さらに

車で30分

無の会のある

会津美里町に辿りつく。

 

(江の島からだとおよそ5時間。・・疲れた…)

image

 

どうやっていくか?って

けっこう重要だと思うので

是非、このブログを参考にしてほしい。

 

会津若松駅には

無の会の大島武生青年が

軽トラで迎えに来てくれた!

 

image

 

ちなみに…

 

福島は猛烈なド田舎!

 

だと思っていたけど…

 

郡山は思ったより大都会。

 

郡山から会津若松に向かう

JP磐梯西線は

想像以上に大混雑!

 

郡山に着いたら一目散に

在来線に向かって走り

早めに座席を確保し座れたけど

 

3連休でかなりの観光客が

来ており、けっこうな人が

電車内で立っていた…

 

連休中に行かれる場合は

本当にゆとりをもって

チケットを取っておいたほうがいい!

 

郡山からの在来線は

座れないと1時間以上たちっぱなし!

 

本当にキツイので

ゆとりをもって旅程を立てよう。

 

会津若松駅には

けっこう観光客が来ていて

ちょっとびっくり!

 

外国人観光客よりも

日本人の若い女の子や

男の子のグループが多く

意外だった。

 

観光客がけっこう来るようで

お土産も意外と充実!

 

ミラクルズリーダーへのお土産である

喜多方ラーメン(個人的に大好き)は

駅構内のお土産屋さんで購入。

 

東京からだと、この行き方が

1番ストレスが無いので

覚えておいてほしい。

 

さて、天から白羽の矢が立った

会津美里町の無の会を説明するのに

 

会津若松の歴史

語らないわけにいかないので

 

ざっくりでいいので

頭にいれながら読んでほしい。

 

🏯 会津若松の歴史(ざっくり時系列)

 

■ ① 昔むかし(奈良・平安時代ごろ)

 

会津地方は山に囲まれた

自然豊かな場所。

この時代から

農業や信仰が根づいていた。

 

■ ② 戦国時代(1500年ごろ)

 

この地域は蘆名氏(あしなし)という

武将の支配下にあった。

 

戦国時代の有名な武将:伊達政宗

一時この地を支配していたことも。

 

■ ③ 江戸時代(1600年~)

 

蒲生氏郷(がもううじさと)が「鶴ヶ城」

 

を整備し、城下町をつくる。

 

その後、保科正之(ほしなまさゆき)が藩主になり

 

「会津藩」として発展。

 

教育に力を入れていて

藩校「日新館」では

武士の子どもたちが厳しく学んだ。

 

■ ④ 幕末・明治維新(1868年ごろ)

 

会津藩は徳川幕府を最後まで守ろうとした側。

 

新政府軍との戦い(戊辰戦争)の中で、会津若松は激戦地に。

白虎隊(びゃっこたい)の悲劇は有名な話。

 

そういえば…

 

宮城出身のUKYOUは

中学の修学旅行先が

会津若松だったんだけど

 

その時に白虎隊の悲劇を聴き

とても衝撃を受けた記憶があります。

 

16〜17歳の少年たちで

編成された会津藩の

「予備兵」が白虎隊。

 

鶴ヶ城が燃えているのを見て

「もう負けた」と思い

飯盛山で自刃(命を絶った)・・・。

 

今も地元の人々に

大切に語り継がれている

会津の誇りと悲劇の象徴。

 

この時代に生きていたら

自分にそんな覚悟はあっただろうか…

 

何となくなんだけど…

 

白虎隊のイメージが

無の会の若者たちと重なる。

 

若く、美しく、清らかで

聡明で優秀な若者たちが

なぜ、会津の地に集まっているのか?

 

会津の歴史を観ていくと

感じるものがあるよね…。

 

■ ⑤ 明治以降~現代

 

戦争に負け、会津藩はなくなったけれど

歴史あるまちとして再スタート。

 

鶴ヶ城や白虎隊の史跡など

観光地として人氣に。

 

上矢印上矢印上矢印上矢印

 

駅に書いてあった↓の看板が

凄く氣になって撮影した。

 

image

時代の節目に登場する『会津』

 

まさにイマ(笑)だ!

 

大激動の中で

オワリハジマリを迎えており

節目を迎えている日本

 

今までのやり方が

通用しなくなる節目の時代

 

天が白羽の矢を立てた場所が

 

会津…(合図・愛の頭・愛図…天のサインっていう意味ですよ)

 

会津という地名について『古事記』では

 

東北平定のために

大和朝廷から派遣された

 

大彦命(おおひこのみこと)→北陸道をたどった

 

 

建沼河別命(たけぬなかわわけのみこと)

→東山道を進んだ

 

の将軍父子が出会った場所を

 

相津=会津

 

と呼ぶようになったそう。

 

大彦命が父で、建沼河別命がその息子。

 

大彦命 → 北陸方面(越前や能登)


建沼河別命 → 東北へ進出:東山道経由で会津へ

 

2024年1月1日の

能登で大地震があったことも

何か関わりがある氣がしていて

 

能登が開くと

(地震と火でしたね)

水戸が開く(水)

 

と言われているのですが

 

そもそも、この地は

 

日本海と太平洋の中間にあって

超内陸で、かなりの大津波が来ても

山々が守ってくれ安心な地形!

 

さらに扇の要のように

東北地方一円ににらみをきかせる位置!

 にあったり

 

会津若松氏の大塚山

会津坂下町の亀ケ森

 に代表される

 

東北有数の大型古墳が点在していることから

古来より重要な土地であった!

 

ことがうかがえる。

 

和多志の日々の祈りに対して

この地へ導かれたことは

今後のマルチハザードの時代を

生き延びるための

神から与えられた救済の土地であり

救済措置に感じてならない。


ちなみに、会津は

 

名僧:徳一大師(とくいつだいし)

 

によって

京都・奈良につぐ仏都でもある。

 

わたし的に、この徳一大師が

超、超、超氣になった。

 

■ 徳一(とくいつ)大師とは?

 

奈良時代の終わり~平安時代はじめの僧侶

(8世紀末〜9世紀前半ごろ)

 

南都六宗の一つ

「法相宗」の学僧

ものすごく頭がいい人だった。

 

でも晩年は、都を離れて

東北(会津など)で

仏教を広めるために活動をします。

 

■ 会津を「仏都(ぶっと)」にしたってどういうこと?

 

「仏都」とは=仏教文化が栄えた都市

 

という意味。

 

徳一は、当時まだまだ

仏教があまり根づいていなかった

会津地方に来て、次のようなことをしました。

 

✅恵日寺(えにちじ)を開く(磐梯町にある)

 

会津仏教の中心的な寺院で

かつては東北一の大寺!

 

✅仏教の学校・僧の修行場を作る

 

修行者が集まり会津から多くの僧侶が育った

 

✅薬師如来信仰や観音信仰を広める

 

特に会津三十三観音霊場の源流とも言われる

 

✅最澄(天台宗)とも論争するほどの仏教学者

 

学問的にも超ガチ勢!

超優秀なエリート僧侶が

集まった場所!

 

多くの寺院、仏教的な価値観

教育などが広まり

 

会津は、京都や奈良に次いで

「東北の仏教の中心=仏都」

呼ばれるようになったわけです。

 

「武士道の会津」「白虎隊の会津」

 

だけじゃなくて

 

もっと前の時代には

 

「祈りと学問の会津」

 

だったのです。

 

これ、超意味深い!

 

だって、イマ、まさに

無の会で、当時と同じことが起きている。

 

東大・京大・アメリカの大学…

 

日本中の優秀な若者が

会津の無の会に集まっている。

 

まさに当時の恵日寺(えにちじ)と一緒!

 

なぜ、天の白羽の矢が立った場所なのか?

なぜ、超優秀な若者が集まっているのか?

 

凄く関係がある…。

 

和多志が、祈りまくった結果

天によって、この地に導かれたのも

 

ミラクルズが和多志を通じて

この地に繋がることになったのも

 

過去世からのご縁な氣がしてなりません。

 

実際に、無の会のメンバーと

個人的に話す中で

 

特に、

 

無の会をリーダー的存在感で率いる宇野君

 

とても武将的なエネルギー 

(過去世えらい武将だった)

 

がありながら…

 

 

学問的にも超優秀で

(両親も超優秀なお医者様)

 

さらに

 

UKYOUのスピリチュアル全開の話を

完全に理解しついてこれる

高い精神性・霊性がある方で

 

過去世で一緒に修行していたと感じたし…(笑)

 

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無の会の主軸メンバーである

 

大島武生青年(25才)

 

京都大学農学部出身で

優秀なのはもちろんなんだけど…

 

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大島青年が、会津美里を

案内してくれるなかで

 

この土地の一宮である

伊佐須美神社(いさすみ)

 

武生青年の自宅のある地域の

熊野神社でのご神事をする際に

 

一緒に祈ってくれたのだけど

まるで違和感がなかった。

 

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(伊佐須美神社の鳥居のしめ縄は毎年変えるそうだけど、大島青年もお手伝いをしています。神様へのお土産は、神奈川を代表する酒蔵の大吟醸を、伊佐須美神社に持参しました。)

 

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…昔、この人と一緒に祈っていた

 

魂が覚えている。

 

(大島武生青年の住む地区の氏神様は、熊野神社。これも意味深い。ここで神事をさせて頂いたら、龍神様が現れたのだけど…やはり、神や眷属の力がかなり弱っています。)

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わたしが到着した春分の日

 

大島武生青年の住む地区では

 

彼岸獅子というお祭りの日

 

雄獅子太夫(たゆう)雌獅子

3匹の獅子が町を踊り歩き魔や邪を祓う神事!

 

が、執り行われるはずだったのですが…

 

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踊り手の体調的な問題で中止…(年齢的にも厳しい)

 

この彼岸獅子で、

無の会の大島武生青年が

雄獅子として踊るはずだった

そうで…

 

踊り手のいない3匹の獅子の前で

2人でご挨拶をし

 

3匹の魔除けの獅子に備えられたお神酒を

なぜか、よそ者である和多志UKYOUが

すすめられ…飲み干しました。

 

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大島武生青年は

 

篠笛(しのぶえ)の奏者でもあり
永井野甚句(盆踊り)

西勝の彼岸獅子で演奏をした

 

経験をもっております。

 

過去世から、神に遣えたり

国を創る志事をしてきた魂なのでしょう。

 

伊佐須美神社に連れていかれた際

 

神社の横に

 

会津大國魂神社(あいずおおくにたま)

 

っていう

 

会津の開発発展に力を注いできた

歴代の御霊たちを祀っている神社

 

があったのですが、そこだけが

特別に光を放っていたのですが…

 

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この神社のエネルギーが

大島武生青年そのもの

 

でした。

 

伊佐須美神社のご祭神は

国創りの神であられる

イザナギ・イザナミ

 

さらに大和朝廷から派遣された

 

大彦命(おおひこのみこと):北陸道をたどった

 

 

建沼河別命(たけぬなかわわけのみこと):東山道を進んだ

 

なのですが、息子の

 

建沼河別命(たけぬなかわわけのみこと)

 

彼の生まれ変わりが

武生青年だろうなって感じました。

 

…名前一緒だし(笑)

 

この場所にきて、そう強く感じた。

 

この場所にきたら、凄く祝福されて

大島武生青年には…虹色の光が降りていた。

 

この地が、彼を祝福しているのをすごく感じました。

 

image

 

この話をうちの超絶サイキックな妹(左京)に話したら

徳一大師の話の時点で

 

『われわれ、そこに昔いて修行していたよ。』

 

と(笑)

 

和多志たちは、

何度も何度も生まれ変わり

約束の再会を繰り返し

 

使命を果たし続け

国を護り続けているのでしょう。

 

これから紹介する

無の会のメンバー上野拓也氏

 

相手の話を全てしっかり傾聴したうえで

それをマインドマップにできる

高い頭脳をお持ちの方。

 

学者お坊さんというのがしっくりくる魂。

 

経歴:東京都出身。

 

京都大学大学院卒業後

都内IT企業に3年半勤めた後

都心での会社員生活に満足せず

都会の暮らしに疑念を感じ

大自然の中での営みを求め

令和5年3月に無の会に参画
 

上野君は、無の会滞在中

 

『(夕食用に)ふきのとうを取りに行きましょう!』

 

と誘っていただけたことで

2人でお話をすることができた方。

 

 

上野君のエネルギーは

本当にマイルドで優しい。

 

相手の話を傾聴し➡相手の話を総括し

相手に共感協調したうえで

意見を伝えてくれることができる方。

 

賢い人って結論結果が先に観えてしまうので

とても冷たく合理的でせっかちな人が多い。

 

上野君のような中庸的で柔和で

相手の氣もちをくみ取れ

コミュニケーションが取れる能力を

持ち合わせていない人が多い 笑

 

上野君のバランス感覚はとても優れていて

一緒にいて、相手に心地よさを与えてくれる人。

 

どんな人でも好きになるだろうなぁ

もっと話をしてみたいなぁ

 

そう思わせるのが上野君。

 

この町を調べるほど


約束のトキがきて

天から約束された場所に

約束した国創りの魂たちが

集結している

 

と感じるのです。

 

長くなったので③に続きます。

 

 

お知らせ

 

4月4日(金)

4月5日(土)

21時~

ZOOMにて

無の会のメンバーの

無料のお話会を

開催します!

image

 

イマ、最も天の光が

降りている場所

最も優秀な人々が集まっている

 

『自然農法 無の会』

とは何なのか?

 

一体彼らは何者なのか?

 

これからの暗黒時代を

どう生き延びればいいのか?

 

全ての鍵を握る

彼らの話を聞いてください。

 

無の会の人々と触れ合え

波動共鳴できる

ZOOM寄り合い2025

 

必ず参加してください。

 

近くなりましたら
ZOOMURLを張ります。