久しぶりにお釈迦様のご登場です(^^)
お釈迦様の企画をやらせて頂いてから・・・すでに5年以上が経ちました。
Sampleの文字を消したイラストを公開しますので・・・個人利用の範囲内でしたら、ご自由にご活用頂いてOKです。
お釈迦様「おひさしぶりですね・・・。
人生の中で・・・皆さんの心がゆっくりと・・・穏やかに・・・静かになっていくとしたら・・・それは本当に素晴らしいことで・・・。
多くの方は・・・たとえとても忙しく・・・疲れていたとしても・・・実は水面下では・・・そのような方向へと導かれています・・・。
なかなか・・・心が落ち着かず・・・いつもいろいろな感情を抱えていたとしても・・・。
自分の素晴らしさや・・・魂の輝きを感じることができないとしても・・・。
実は・・・あなたはすでに・・・心が静かになっていく方向へ・・・静の境地へと導かれています・・・。
なぜなのでしょうか・・・?
つまり・・・あなたが生きているということは・・・仏性そのものである魂を・・・磨き・・・育む道を歩んでいるからで・・・誠実に生きようとしていれば・・・必ず魂は・・・少しずつ磨かれ・・・育まれていくものだからです・・・。
すると・・・あなたのお心に・・・知らず知らず・・・ゆっくりと・・・静の境地が深く宿っていきます・・・。
その静の境地には・・・慈悲もあり・・・あなたが誠実に生きる中で育まれた・・・魂の輝きが伴っています・・・。
実際のところ・・・慈悲と空は表裏一体であり・・・その両方が合わさってこそ・・・静の境地が育まれていきます・・・。
考えてみて下さい・・・心が優しく・・・慈悲深い人ほど・・・穏やかで・・・落ち着いていると感じたことはありませんか・・・?
その人から伝わってくるエネルギーも・・・慈悲があればこそ・・・あたたかく・・・静かになっていくものですから・・・あなたは『一緒にいると落ち着ける』・・・などと感じるのです・・・。
そのエネルギーは・・・もしかしたら・・・今世だけで育まれたものではなく・・・その人が・・・長い転生経験の中で・・・少しずつ育んだものかもしれません・・・。
現代社会は・・・何かと忙しく・・・騒がしいものですから・・・一般的に人々は・・・心身を動かしながら・・・静よりも・・・動の面から・・・魂を育んでいます・・・。
そのため・・・私は以前・・・静の面から魂を育めるように・・・静の修行の基本的なところを・・・皆さんにお伝えしたことがありました・・・。
あれから・・・5年ほど経ちまして・・・確かに今・・・皆さんのお心に進歩が見られます・・・。
当時・・・私がお伝えしたことを・・・必ずしも実践できなかったとしても・・・それでも・・・皆さんはきっと・・・人生の紆余曲折の中で・・・一歩ずつ気付きを重ね・・・静の境地を育んできたのです・・・。
ですからここで・・・改めて・・・静の境地について・・・もう一歩深いところを・・・お伝えしたいと思いました・・・。
皆さんは・・・人生の中で・・・本当は辛かったのだけれども・・・誰にも・・・『辛い』とは言えなかったことが・・・きっとあったと思います・・・。
そしてそのようなことが・・・一度や二度ではなく・・・慢性的に・・・長い期間・・・続いていたかもしれません・・・。
たとえば・・・やりたくもないことを・・・親からやらされていたり・・・仕事上で・・・非常に厳しい環境にいたりして・・・それでも・・・『本当はやりたくない』とは・・・言えなかったとしましょう・・・。
そのような状況下で・・・人は・・・いくらかの負担を背負いますが・・・人生の中で・・・ゆっくりと静の境地が育まれていきますと・・・その境地の力によって・・・その負担は少しずつ癒されていきます・・・。
厳しい環境の中で・・・やりたくないことをやることは・・・無意味なことのようにも思えますが・・・。
しかし実は・・・その負担が・・・あなたの静の境地を鍛え・・・磨き・・・育んでくれている面があるのです・・・。
そして結局・・・育まれた静の境地によって・・・当時背負った負担は・・・次第に癒され・・・全てが徳に変わっていき・・・すると・・・過去の苦労が報われて・・・人生がまた一歩・・・新しいステージに入っていくのです・・・。
人生とは・・・基本的に・・・このようになっていて・・・だからこそ昔から・・・多くの人達はあえて・・・若い頃の苦労を勧めてきたわけです・・・。
ただ・・・このことを理解していたとしても・・・時に・・・現実を心で受け止めることは・・・なかなか難しいことです・・・。
だからこそ人は・・・憂さを晴らしたり・・・心を誤魔化したり・・・フタをしたりしながら・・・また辛い日々に向き合っていきます・・・。
私が観察していても・・・今の時代は特に・・・とても多くの人達が・・・そのようにして生きています・・・。
すると・・・誤魔化したり・・・フタをして・・・まともに消化し切れなかった負担が・・・知らず知らず・・・潜在的なところに蓄積していくのですが・・・しかし・・・日々大変なのは確かですから・・・そのように生きることも・・・仕方がありません・・・。
大変な中でも・・・誠実に生きていければ・・・必ず慈悲が磨かれ・・・心を落ち着けようとしていれば・・・空も深まっていき・・・その時に・・・慈悲と空が融合しいて・・・静の境地が育まれていきます・・・。
たとえ誤魔化しやフタがあったとしても・・・できるだけ誠実に生きていれば・・・その分・・・静の境地が育まれるということです・・・。
皆さんは知らず知らず・・・そのようにして・・・静の境地を育んできたのです・・・。
私が惜しいと思うのは・・・多くの人達がまだ・・・過去に本当は『辛い』と感じていたのに・・・そこに気付くことができず・・・その負担を消化できずにいることです・・・。
人生の中で・・・一歩ずつ・・・静の境地を育んできた・・・皆さんへ・・・。
あるいは・・・これからの人生の中で・・・静の境地を育んでいきたい方へ・・・私はぜひ・・・お伝えしたいのですが・・・。
もし過去に・・・『辛い』と感じていた期間があったのでしたら・・・その分・・・静かに・・・心を慈しむように・・・ご自身を見つめる時間を・・・どうか・・・多く持つようにして下さい・・・。
それは・・・『あの時・・・本当は辛かったんだ』・・・ということに・・・心から気付くことでもあります・・・。
私達神仏は・・・あなたがそのことに気付き・・・心から向き合える時を・・・待っています・・・。
なぜならそこにこそ・・・蓄積していた負担を消化し・・・徳に変え・・・魂のステージと・・・運命の次元を高める扉があるからです・・・。
あなたは一人で・・・その辛さを抱える必要はありません・・・。
私達は常に・・・人の心を見守り・・・必要に応じて・・・支援をお届けしています・・・。
あなたがもし・・・ご自身を心から大切にしたいと思えたのでしたら・・・私達神仏は・・・あなたと一緒に・・・静けさの中で・・・慈しみを・・・お届けさせて頂きます・・・。
考えてみて下さい・・・誰もが・・・本当は辛いのに・・・『辛い』とは言わずに・・・耐えながら生きています・・・。
そして時に・・・心を誤魔化したり・・・憂さを晴らしたりしながら・・・できるだけ前向きに生きているのですが・・・自分の心の真実に目を向けることは・・・なかなかできないのです・・・。
これは実は・・・時間がないから・・・ということではなくて・・・本当に目を向ける気持ちがあるかどうかのことです・・・。
僅かな時間でも・・・かつて自分が・・・『本当は辛かった』ということに・・・ちゃんと気付いてあげられれば・・・その分・・・癒しが深まります・・・。
場合によっては・・・ほんの僅かな時間でも・・・私達神仏の加護によって・・・大きな癒しを実感できることでしょう・・・。
特に・・・長く生きてきた人は・・・さまざまな苦労の中で・・・慈悲と空を育み・・・静の境地を育んできましたので・・・あとは・・・過去の辛さに気付いてあげて・・・自分を大切にしてあげられるかどうか・・・という部分だけが残っていることがあります・・・。
ですからぜひ・・・私や・・・多くの神々と共に・・・過去の『辛かった自分』に・・・真っ直ぐに向き合ってあげましょう・・・。
もしかすると・・・当時は・・・『辛い』と認めることが・・・悪いことのように感じられたのかもしれません・・・。
それと言うのも・・・辛いことをサボったり・・・反発したりすると・・・両親や目上の人から・・・怒られたり・・・もっと厳しく強制されたかもしれないからです・・・。
そのような状況下で・・・あなたはやはり・・・『辛い』と思わないように・・・できるだけ前を向くように・・・生きるしかなかったと思います・・・。
だとすれば・・・過去のあなたは・・・何か悪いことをしていたのでしょうか・・・?
いえ・・・あなたは何も悪くはなく・・・たとえ外側の人々が・・・あなたに非常に厳しかったとしても・・・本当は・・・あなたは何も悪くなかったのです・・・。
しかし・・・現在の世の中は・・・そのように動いており・・・狡猾な支配と・・・厳しい強制によって・・・人々はコントロールされています・・・。
その中で・・・誰もが知らず知らず・・・『辛い』とは言えずに・・・誤魔化したり・・・憂さを晴らしたりしながら生きています・・・。
そして・・・いつの間にか・・・過去に辛かったことも・・・忘れてしまうのですが・・・その『辛かった自分』は・・・心の奥で・・・気付いてほしくて・・・ずっと待っているのです・・・。
そこに気付き・・・ゆっくりと・・・私達神仏と共に・・・ねぎらいや・・・慈しみを届けていく時に・・・あなたはまた一歩・・・癒しを深め・・・心が自由になり・・・魂が美しく輝くようになります・・・。
自然と支配から脱却し・・・新しい生き方・・・自分らしい生き方に・・・目覚めていけるのです・・・。
もしあなたが・・・『辛かった自分』に気付いたとして・・・その時に・・・ねぎらい・・・慈しむ時間がなければ・・・ただただ・・・自分の中にある・・・静の境地を信頼してみてもよいでしょう・・・。
あなたの魂には・・・ちゃんと静の境地が宿っていて・・・そこに慈悲があり・・・空があり・・・静かに全てを照らし・・・癒す力が宿っています・・・。
ですから・・・時間がない場合は・・・『静の境地』と想い・・・私を想い浮かべて頂ければ・・・あなたと共に・・・静かに・・・潜在意識下の『辛かった自分』を照らし・・・癒しをお届けさせて頂きます・・・。
場合によっては・・・お仕事をしながらでも・・・そのようにできることがあるでしょう・・・。
『静の境地』とは・・・慈悲であり・・・空であるということを・・・あなたの中でよく理解していれば・・・自然と少しずつ・・・静の境地を発揮していけます・・・。
つまり・・・魂が成長していても・・・いなくても・・・魂がありさえすれば・・・多かれ少なかれ・・・誰にでも・・・静の境地はあるのです・・・。
しかし一般的には・・・やはり・・・多くの苦労を乗り越えてきた人の方が・・・より力強く・・・静の境地をお心に宿しています・・・。
にもかかわらず・・・それが『静』であるが故に・・・人々はほとんど・・・この境地の力に気付くことがなく・・・すると・・・過去の辛さに気付いても・・・癒せないと思ってしまうのです・・・。
実は・・・あなたの中に・・・すでに静の境地があり・・・その力を信頼していれば・・・確かに・・・過去の『辛かった自分』を・・・癒していくことができます・・・。
その時に・・・一時的に心身が・・・辛く感じる場合もありますが・・・焦ることなく・・・たとえ・・・内側の静の境地が・・・微力に感じられても・・・できるだけ心の中で『静』を保ち・・・『辛かった自分』を・・・静かに・・・慈しむように・・・照らしていきましょう・・・。
それは・・・あなたなりの感性で・・・なんとなくもでよく・・・ハッキリと『辛かった自分』をイメージできないとしても・・・ただ『照らしている』感覚があればよいのです・・・。
このようにすること自体が・・・静の境地を育むことにも繋がり・・・そしてもちろん・・・『辛かった自分』を癒すことにも繋がっています・・・。
静の境地を信頼しながら・・・向き合っていますと・・・最初は辛く感じても・・・徐々に辛さが収まり・・・癒されていくのを実感できるでしょう・・・。
もし・・・とても忙しかったり・・・目の前の人と交流しなければいけなかったり・・・『静の境地』を信頼しづらい状況でしたら・・・無理に自分に向き合おうとしなくても大丈夫です・・・。
それは・・・一度気付けば・・・また思い出した時に・・・自然と向き合いやすいもので・・・その時に・・・恐れることなく・・・私達神仏を想い・・・『静の境地』を信頼して・・・真っ直ぐに向き合ってみましょう・・・。
そう・・・『本当は辛かったよね』・・・と・・・そのように・・・声をかけてあげてもよいでしょう・・・。
そうです・・・本当は・・・辛かったに違いありません・・・。
2500年前・・・ほとんどの人達は・・・あまり厳しい支配を受けることはなく・・・ただ・・・自然環境の中で・・・さまざまな試練を受けることがありました・・・。
それは・・・今の人類社会とは・・・全く異なった試練でしたが・・・私が思いますに・・・今の社会の方が・・・人の心に蓄積する負担は・・・ずっと大きいのです・・・。
これほどまでに・・・人類社会に・・・狡猾な支配が根深く入り込んでいるにもかかわらず・・・ほとんどの人達が・・・その支配から逃れることができません・・・。
かつて存在していた・・・慈悲深い王達はいなくなり・・・社会はまるで・・・洗練された抑圧システムのように・・・人々の心を管理しています・・・。
ですから・・・誰もが辛さを感じていますが・・・辛いとは言えずに・・・これが当たり前だと思っています・・・。
そうではありません・・・。
その辛さはやはり・・・不当にもたらされたもので・・・本来であれば・・・あなたがそこまで背負うべきではありませんが・・・古い神々のシステムや・・・さまざまな社会構造によって・・・この時期に・・・人々の心に・・・多くの負担がのし掛かるようになっているのです・・・。
ある意味・・・これも・・・崩壊していく宇宙の現れだと言えるのでしょう・・・。
この時に大切なのは・・・『辛い』ものは・・・『辛い』でよいということです・・・。
しかし今は・・・社会全体・・・宇宙全体が・・・このようになってしまいましたので・・・外側に解決を求めても・・・難しい状況があります・・・。
多くの人達が・・・なかなか気付けない真理の一つとして・・・人は・・・外側に何かを求めるほどに・・・内側が虚しくなり・・・静の境地が弱まっていく・・・ということがあります・・・。
あなたの中に・・・すでに・・・静の境地がありますので・・・そこを信頼してみて下さい・・・。
それは・・・普段から信頼し・・・活用すればするほど育まれ・・・力強く輝いていくものです・・・。
そのため・・・時には・・・外側への希求心や・・・いろいろなお気持ちを手放して・・・静かに・・・自分を落ち着かせることが・・・とても大切なのです・・・。
そのようにしていくほどに・・・あなたはきっと・・・真の意味での豊かさに・・・気付いていけることでしょう・・・。
真の豊かさとは・・・やはり・・・外側にあるものではなく・・・内側にあるものなのです・・・。
『静』の中で・・・一つ一つ・・・扉を開いていく時・・・あなたはこの世界の広大さと・・・真の素晴らしさに・・・気付くことになります・・・。
人間がいる物質次元は・・・高次元空間も含む・・・巨大な宇宙の中では・・・とてもとても小さな・・・微少な空間に過ぎません・・・。
全ての次元において・・・『静の境地』が存在していますが・・・次元が高まるほどに・・・慈悲深くなり・・・空の意識が広大になっていくものです・・・。
あなたの魂にもきっと・・・そういう慈悲と空の味わいが・・・微かな記憶として・・・残っていることでしょう・・・。
ですから・・・あなたの中にはすでに・・・『静の境地』があるのです・・・。
過去において・・・人知れず・・・辛さに耐えてきたあなたは・・・とても立派な人です・・・。
私達神仏は・・・そんなあなたのことを・・・とても大切に想っていますから・・・ぜひ共に・・・『静の境地』によって・・・心を癒してまいりましょう・・・。
全てが・・・明るく照らされる中で・・・あなたはきっと・・・真の自分自身に・・・気付いていけることでしょう・・・。
読んで下さり・・・私を信じて下さって・・・ありがとうございました・・・。」
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・2020年8月の記事・・・お釈迦様より「静の修行」
・2022年9月の記事・・・お釈迦様より「無常の中で幸せに生きる」
・2023年1月の記事・・・お釈迦様より「喜怒哀楽のループから抜け出す」
関連サイト![]()
・YouTube版「神様達と共に」
・「ピースのnote」・・・最近の記事→「秘められた悪に流されずに」「静の修行」
・ウェブショップ「神様達のアトリエ」(現在、国之常立命さんとゼウスさんの動画を販売中です。)
