前回の記事の最後でもお知らせしておりましたが・・・今月の3日に父が亡くなりまして、6日には葬儀も終わりました。
少しずつ・・・僕の中で気持ちが落ち着いてきて、父への想いを整理することができるようになってきました。
皆様のあたたかいお気持ちを感じておりまして・・・お陰様だと思っています(^^)
ありがとうございますm(_ _)m
父は不器用な人でしたが・・・深く優しい人で・・・僕は昔から、そんな父が好きでした。
(以前、「あたたかさが支える世界」という記事で・・・フッと父の魂に繋がって感じたことをご紹介したことがありました。)
先月の29日に、妹から連絡がありまして・・・父が危篤状態で「話せるのはこれが最後かもしれない」とのことで、急いで会いに行くことにしました。
実家に着いた時、父は意識がなかったのですが・・・僕が何度か「ありがとう・・・父さん・・・父さんのお陰で頑張れたよ」・・・と伝えていると・・・。
驚いたことに、父は一時的に目を開けて・・・「仕事頑張れよ」・・・と僕に言ってくれたのです(TωT)
このことに、僕はもちろん・・・そばにいた母や妹も感動していました。
それから父は、また深い眠りに入ったのですが・・・辛そうな感じはなくなったので、安心して一旦帰宅しました。
しかしその後、急激に状態が悪化して・・・3日に亡くなりました。
そばにいた母によると・・・最後は昏睡状態のまま・・・安らかに旅立ったということでした。
その後に僕は・・・光に包まれて天国へ昇ろうとしている父を見ました。
父に・・・「母や妹に何か伝えたいことはある?」・・・と聞いたところ・・・。
「俺はなんにもしてやれなかったけど・・・元気でな」・・・と言っておりました(TωT)
このことを母と妹に伝えると・・・二人とも涙を流していました(TωT)
葬儀の挨拶では・・・心を込めてご出席くださった皆様への感謝と、父への想いをお伝えさせて頂きました。
挨拶をしながら・・・自分を中心に、魂のエネルギーが波のように広がっていくのが感じられました。
終始、父の遺影の顔が・・・ニコニコと微笑みかけてくれているのも見えていました。
しかし、大切な父が亡くなってから・・・バタバタと執り行う葬儀というものは・・・なんとも言えない辛さがあるものですね。
葬儀がスムーズに終えられたのは・・・しっかり者の母と、頑張り屋さんの妹のお陰様だと感じています。
特に今回、母と妹と・・・いろいろな話しをすることができまして、お互いの絆が深まったのを感じました。
やはり、こういう時に・・・家族の深い部分が現れてくるものなのかもしれません。
父は公務員でしたが・・・職場の人間関係は、必ずしも上手くいっているわけではないようでした。
しかし、だからこそなのか・・・家族の中では中心的な存在で・・・明るく優しく・・・親戚やご近所の方からも慕われていました。
ただ父は、幼い頃から苦労をしてきた人ですので・・・心が落ち着かず、涙もろく、不安定なこともある人でした。
そんな父を、母は大切に守り・・・ずっと支え続けてくれたのです。
また妹は、嬉しいことに・・・二人の男の子に恵まれまして・・・僕と海の代わりに、父に孫の顔を見せてくれました。
孫と一緒に楽しそうに笑っている父の顔を見て・・・僕も、とても嬉しかったのです(^^)
家族がそれぞれ・・・自分の役目を果たすことによって・・・近年は特によい雰囲気に満たされていました。
僕のこの仕事は・・・普通はなかなか理解されない分野だと思うのですが・・・ありがたいことに、亡き父も・・・母も妹も応援してくれています。
僕は今回、母と妹に・・・「僕の仕事は、半分は父さんが道を切り開いてくれていたものだと思う」・・・と話しました。
父は公務員の仕事をやりながら、弱い人達を守るために・・・弁護士になろうと、ずっと勉強していた人でもありました。
しかし、弁護士という仕事はどうも・・・純朴な父には向いていないようにも感じていました。
最終的に父も、そのことを理解して夢を手放したのですが・・・父が志を持ってずっと頑張ってきたことは無駄ではなく・・・蓄積していたエネルギーは、僕に受け継がれたように感じています。
父と仕事について、たくさん話し合ったわけではありませんが・・・その志は確かに、僕の中で共鳴し続けていたのです。
ただ・・・僕に大きな力があるわけではありません。
以前の僕は、もっとスケールの大きな視点で・・・「日本のために」という気持ちで頑張ることがありました。
しかし、そんな風に頑張れば頑張るほど・・・なぜかいつも、とても大きな困難がやってきて・・・引き下がらざるを得ない状況に追い込まれるのです。
なぜそのようになってしまうのか・・・一つには、自分の器の限界なのですが・・・。
今回は、もう一つ・・・大切な視点に気付かせて頂けた出来事がありました。
危篤状態の父に会いに行った帰りの新幹線で・・・たまたま隣に座っていた70代のおばあさんと、いろいろなお話しさせて頂きました。
このおばあさんは・・・秋田の農家で生まれて、苦労して3人の子供を育てられた方でした。
だんだんと話しが深くなり・・・「生きる意味」について話し合っていた時に・・・おばあさんはこのようにおっしゃいました。
「私にとっての生きる意味は・・・昔からずっと・・・『一緒にやること』だった。
ウチは農家だったから・・・母と一緒に野菜を収穫することが楽しくてね。
手伝っているとか・・・仕事をしているとか・・・そういう感覚じゃなくて、遊んでいる感覚だったのよ。
ただ『お母さんと一緒にやる』・・・そのことが楽しくてね。
それが私にとって生きる意味だったの。」
「生きる意味」は・・・『一緒にやること』・・・。
とてもシンプルで・・・素朴なこの言葉が・・・僕の中でとても大きく響きました。
僕なりの言葉で言えば・・・『共に生きること』・・・と言えるでしょうか。
おばあさんは・・・「一緒にやるからこそ・・・元気も出るし、楽しいし・・・長続きするのよね。
生きる中では・・・そういうことが大事なんだと思うの。」・・・ともおっしゃっていました。
とてもシンプルで、当たり前のことのようですが・・・とても大事なことですよね。
時にはスケールの大きな視点も大切だと思うのですが・・・こういうところに本質的な原点があるように思いました。
やはり魂を響かせ合い・・・『共に生きる』からこそ、魂のエネルギーが発揮されますし・・・生きることも楽しく・・・幸せも育まれてくのだと思います。
考えてみますと・・・今の世の中では、ほどんどの分野で『一緒にやること』・・・『共に生きる』ことが薄くなってきています。
教育・・・商業経済・・・エンターテインメント・・・政治・・・評価体系・・・インターネット・・・AI・・・多様性の文化など・・・。
一見、全てのことが洗練されてきているようにも見えますが・・・実はジワジワと冷たい個人主義や、合理主義へと誘導されていて・・・最も大切な『共に生きる』ことは、かえって薄まってきているのです。
このことは・・・人類社会を陰から動かしてきた勢力(A勢力+B勢力)による系統的な戦略だとも思います。
A勢力もB勢力も・・・かなり長期的に、人間の欲望や恐れを上手く突いて・・・『共に生きること』から目を逸らさせてきました。
しかし本当は、人は誰もが・・・「一緒にやるからこそ・・・元気も出るし、楽しいし・・・長続きする」・・・のですし・・・そこに原点があるのですよね・・・。
僕はそのことに気付いて・・・おばあさんに言いました。
「そうか・・・『一緒にやること』・・・ですね・・・。
本当は日本人は・・・そこだけは大切に守って・・・残しておかなければならなかった・・・。
カッチリと秩序を作る前に、まずみんなで・・・『ここだけは大事に残していきましょう』って・・・そういう話し合いが必要だったんですね・・・。
これは、とっても大事なことですね・・・。」
人にとって最も大切なものは・・・実は『一緒にやること』・・・『共に生きること』の中でこそ育まれていく・・・ということですね。
それは時間がかかる道かもしれませんが・・・だからこそ大切で・・・ありがたく・・・かけがえのない宝になっていくのだと思います。
僕は今回、父と向き合い・・・家族と向き合う中でも、この気付きを深めることができました。
人は・・・何のために生きているのでしょうか・・・?
お金や・・・評価や・・・力を得るためではなく・・・実はただただ・・・縁のある人達と『共に生きる』ためなのかもしれません。
ただただ・・・自分らしく誠実に・・・縁のある人達と『共に生きること』を大切にしていれば・・・他のものは、後から付いてくるようにも思います。
神様達としても・・・僕らが生まれる前から、そういう運命の道を案配して下さっているように思うのです。
もちろん例外もあり・・・孤高の挑戦として、一人の道を歩むケースもあると思いますが・・・それでも水面下ではちゃんと、縁のある魂達との繋がりがあります。
つまり・・・神様達と共に・・・それぞれの役目を担い・・・自分らしく誠実に生きていくことによって・・・自然と縁のある魂達と『共に生き』・・・共に幸せへと至っていくことができる・・・。
その時に・・・必然的にそれぞれの魂の成長があり・・・水面下では・・・それぞれの魂を輝きと・・・補い合い、支え合いがあると思うのです。
それはまるで・・・神の指揮に従って・・・それぞれの楽器の演奏者が・・・オーケストラを奏でているようなことで・・・人生とはそういうものなのかもしれません。
一人一人が・・・自分の楽器(魂)に誠実であるからこそ・・・オーケストラとしても、よりよい演奏をすることができます。
家族とは・・・最も小さな単位のオーケストラで・・・。
さらに縁のある人達は・・・もう一回り大きなオーケストラで・・・国全体・・・地球全体は・・・さらに大きなオーケストラと言えるのでしょう。
ただ唯一・・・『一緒にやること』や『共に生きること』自体にあまり拘って・・・人との繋がりに執着しても・・・かえって本質から離れてしまうと思います。
まずは自分らしい魂が輝いているからこそ・・・自然と『共に生きること』が可能になっていくからです。
ですから最初は、自分の魂に正直に・・・運命の中で挑戦の道を歩んだり・・・縁のある人達を大切にしたり・・・神様達と心を重ねて歩んでいくことで・・・魂が育まれ・・・自然と『共に生き』・・・共に幸せに至っていけるように思います。
また、人の心は柔軟なものですから・・・時には心を静めたり・・・一人で考えることも大事ですよね。
何事もバランスだと思うのです。
『共に生きる』ということは・・・とても大事なことだと思いますが、そこに拘り過ぎず・・・心のどこかに大切に持っておけばよいのでしょう。
父の死は、辛いことではありましたが・・・僕の中で、何か確固としたものが見えてきた感じがあります。
それは・・・確固としているけれども・・・目立つことなく・・・今はまだ多くの人達に広まることではないとも感じています。
言葉で言ってしまえば・・・『魂』や・・・『共に生きること』なのでしょうが・・・。
実際には・・・地道に・・・素朴に・・・花を育てるように・・・少しずつ育んでいくことだと感じています。
この記事を読んで下さっている方の中には・・・僕よりも難しい家族関係や、困難に直面している方もいらっしゃるかもしれません。
あなた様はきっと・・・あなた様だけが感じることができる、いろいろな困難を受け止めながら・・・頑張っていらっしゃるのだと思います。
結果や表面が全てではなく・・・人生の過程にこそ、真の価値があると僕は感じています。
特に、困難の中で頑張っていらっしゃる方の場合・・・たとえ現実的によい状況ではないとしても、その中で耐え・・・少しずつでも前向きに生きていらっしゃるならば・・・神々はあなた様が本当に素晴らしいと思っているはずです。
僕自身、人生の中でたびたび大きな試練に直面してきましたが・・・困難の中で耐えてきたからこそ・・・今、後悔のない人生になってきていると感じています。
大審判前の大事な時期に・・・このブログを読んで下さっているあなた様と共に、魂の成長の道を歩めていることは・・・奇跡的なことで・・・本当に幸せなことです。
必ずしも・・・企画にお申し込み頂けずともよいのです。
あなた様なりの距離感でかまいませんので・・・これからもこのブログや企画から・・・神様達のご支援を受け取って頂けましたら・・・とても嬉しく思います。
そしてあなた様が・・・あなた様らしく・・・お幸せになっていかれることを・・・これからも願っております。
この願いはきっと・・・父の願いでもあると思うのです。
見守ってくれている父が笑顔ていてくれるように・・・これからも前向きに歩んでいこうと思います。
よかったら、これからもどうぞよろしくお願いします(^^)
今回は個人的な想いを綴った記事でしたが・・・最後までご覧下さりまして・・・ありがとうございました。
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・2022年7月の記事・・・あるじより「面白きこともなき世を面白く」
・2022年11月の記事・・・あるじより「魂による優しいスペース」
・2023年1月の記事・・・マロ様より「神は家族」
・2023年5月noteに転載・・・ピースより「あたたかさが支える世界」
関連サイト![]()
・YouTube版「神様達と共に」
・「ピースのnote」・・・最近の記事→「業について その1」、「犠牲の時代からあなたへ」