きっと、皆様もニュースなどでご存じかと思いますが・・・。
先日は、小林麻央さんが天国へと旅立たれましたね。
美しいお心を持った方でした・・・。
心より、ご冥福をお祈りいたします。
海老蔵さんの記者会見を見て、僕も涙がこぼれました。
旅立つ前の最後の言葉・・・。
「愛している」
どれほど、海老蔵さんの心に響いたかわかりません・・・。
そう思うと、また涙が出てきます・・・。
このニュースを見て、海と少し話し合ったのですが・・・。
麻央さんという人は、いわゆる人気や名誉を身にまとうような・・・芸能人特有の雰囲気を持ってない人だったよねと・・・。
素朴で謙虚なお心が伝わってくる人でした。
そう思った時に、気づいたのですが・・・。
きっと、麻央さんの魂は・・・海老蔵さんに出会い・・・海老蔵さんの心に愛を届けるために・・・。
お姉さんの麻耶さんの協力も得て、今回のような人生を計画したのだろうと感じました。
おそらく、麻央さん一人では芸能界を勝ち抜けず・・・海老蔵さんと結ばれることはなかったでしょう。
だから、麻耶さんの協力があってこそ、お互いに励まし合いながら芸能界に留まり続けられたし・・・。
ついに海老蔵さんに出会うところまでいけた・・・。
つまり、麻耶さんの麻央さんへの愛があり・・・。
麻央さんの海老蔵さんへの愛があり・・・。
それら全ての愛が繋がった言葉が・・・今回の「愛している」・・・だったのだろうと感じました。
そう考えると、いっぱいの愛を感じ・・・また泣けてきました(TωT)
一方で、旦那さんの海老蔵さんは、かつてはやんちゃな方でした・・・。
大きな剛運を持っているものの・・・それに付随している荒さや欲望も強く、昔はどこか冷たく心を守っているような感じがしました・・・。
その人があんな風に、大勢の人の前で心をさらけ出して・・・涙するなんて・・・(TωT)
麻央さんの愛の大きさ・・・、その愛を真正面から受け止め続けた海老蔵さんの愛も感じずにはいられませんね・・・。
なんかね・・・僕も男として、かつて似たようなやんちゃさを持っていた人間として・・・。
すごく心に響くものがありました・・・。
これから、海老蔵さんは歌舞伎のお仕事をしながら・・・お子さんを育て・・・自分自身と向き合い・・・。
きっと、ご苦労をされつつも、たくましく愛を磨いて生きていかれることでしょう。
辛さがやってくるたびに、麻央さんのあたたかい愛を思い出し・・・、道をそらさず心を真っ直ぐに人生を歩んでいかれるかもしれません。
だとしたら、とても素晴らしいことですね・・・。
あのような方が、愛を知り・・・これから愛を生きると思うと、なんだかとっても僕の心も嬉しいのです。
海老蔵さんの変化は、きっと多くの男性が、共感するところだと思います。
心を守り・・・開くことが出来ず・・・ただ仕事に明け暮れた自分自身を省みて・・・。
苦しくとも愛を持ち・・・愛を育み・・・新しい人生を生きる。
それは本当に大変ですが・・・素晴らしい変化だと思います。
やはり・・・。
僕としては、それこそが心からの幸せの道・・・だとも思います。
どんな魂も・・・この宇宙に転生を始める前は、とっても純粋で無邪気な愛に満ちています。
しかし・・・物質世界で経験を積んでいくと、次第に「この物質世界は弱肉強食の世界だ」と気づいていき・・・。
そして魂は一時的に、「強くなればいい」「他に勝る力を持てばいい」という方向で理解を重ね、欲と業の力を強めていくことがあります・・・。
しかし、さらに転生を重ねていくと、そのような生き方では徐々に行き詰まっていく時がやってきます。
身につけた業と欲の力のせいで、周囲の大切な人達を傷つけてしまったり・・・。
自分自身が病を患ってしまったり・・・。
つまり、業と欲の力は、最後は自分も周りも滅ぼしていく諸刃の剣・・・なのです。
それに変わる力は・・・やはり愛の力・・・なのですよね。
その愛の力をどうやって使うかは・・・とても神秘的なことなのですが・・・。
「愛の力の実在を確信している」
ただそれだけで、自然と人生にもたらされていくことになります。
なぜならば、この宇宙は「自分が心から信じていることが実現する世界」だからです。
自分の人生を通して・・・愛の力にハッキリと気づいた人・・・。
この世界は実は弱肉強食の世界ではなく・・・根底に大きな大きな愛が流れている世界だと・・・。
欲と業の力を使うよりも・・・たとえ遠回りに感じても、愛の力で生きた方が幸せになれると・・・。
そんな気付きは、きっとこんな言葉だけでは表しきれない・・・不思議な・・・感覚的なもので・・・。
その人だけの素晴らしい宝物・・・なのでしょうね。
そのような気付きを経て・・・愛の力への確信を深めるほどに・・・。
少しずつ・・・その人の心はあたたかく・・・。
不思議と周囲の人達もあたたかく・・・。
共に愛を育み合いながら生きていけるような・・・。
そんな人生がやってくるのだと思います。
今回の人生で、麻央さんはきっとその愛の力を、海老蔵さんに届けたかった・・・。
海老蔵さんの心に、冷たい弱肉強食の世界を越えるための・・・大きな愛の力を届けたかったのでしょう。
そして、本当に見事に・・・。
海老蔵さんのお心に大きな愛のお力を届けられて、天国に旅立たれたと感じました。
ただ・・・。
もしかしたら、ちょっと水を差すことになるかもしれませんが・・・きっと麻央さんも心残りはあったと思います。
本当は、自分の肉体を犠牲にすることなく・・・。
ずっと海老蔵さんやお子さん達と一緒に、愛を育み合い・・・。
どちらかが犠牲になるのではなく、お互いに支え合い・・・心を活かし合えたらよかったと・・・。
やりきったことに、一切の悔いはないでしょうが・・・。
きっと、心のどこかでそう思われる部分もあるのではないかと、感じました。
だから僕個人的には、このニュースは美談で終わりではなく・・・。
犠牲のプロセスをやりきって亡くなった麻央さんの分も・・・。
その先の慈悲のプロセスを生きていく・・・。
これからの自分の役割を果たしていく・・・。
その決心を新たにするきっかけにしようと思いました。
麻央さんのように純粋な愛を届けるために全力で生きることは、時に苦しくも、本当に素晴らしい生き方ですが・・・。
しかし、慈悲のプロセスは、自分だけが犠牲になることなく・・・また周囲も犠牲にせず・・・自分自身にも周囲にも愛と慈悲を届けて生きていくプロセスです。
麻央さんの素晴らしい愛を尊敬しつつも・・・やはり僕はこれからの時代、この慈悲のプロセスをしっかりと歩んでいきたいと思うのです。
この二つのプロセスの違いとして・・・。
犠牲のプロセスの愛は、そこに「覚悟 意思 信念」などの要素を併せ持ちやすいのに対し・・・。
慈悲のプロセスの愛は、そこに「柔軟さ 理解 調和」などの要素を併せ持っていくもののようです。
ですから、一気に突っ走って炎のように燃え尽きることもある犠牲の愛とは異なり・・・。
少しずつ新しい理解と、新しい心の引き出しを柔軟に身につけ・・・内なる愛と慈悲を育んでいくのが、慈悲のプロセスなのです。
慈悲のプロセスでは、例えば・・・。
他者だけではなく、自分自身にも愛を向けて満たしていくことや・・・。
一つ一つの現実を丁寧に受け止め、そこから気付きや学びを得ていくことや・・・。
自分の器の限界や、個性による得手不得手をよく理解し、必要以上に背負わないことや・・・。
たとえ否定的に見えることでも、フタをせずに真っ直ぐに真実を見抜くことなど・・・。
犠牲のプロセスとは全く違った心の引き出しが試されることになります。
しかし、一歩ずつ課題を越えていくことで、慈悲(愛)と知恵が磨かれていき・・・。
次第に、自分も他人も犠牲になることがない・・・調和した現実がやってきますので、とてもやりがいのあるプロセスでもあります。
念のため補足をしますと・・・。
必ずしも、慈悲のプロセスを歩んでいる人が、犠牲のプロセスを歩んでいる人よりも秀でているとは限りません。
麻央さんのように、命をかけて大きな愛を燃やし続けることは、けして誰にも出来ることではないですよね・・・。
魂にはプロセスだけではなく、そのエネルギーの大きさや・・・それぞれの性質と個性・・・置かれた状況など、さまざまな違いがあり、けして優劣を比べられるものではないのです。
誰もが、その魂にしか出来ない役割をちゃんと持っていて・・・どのプロセスを歩んでいようが、途方もなく美しい真実が、背後には隠れているものなのですから・・・。
ですから、この記事はあくまでも僕の視点からのものであり・・・。
けして、全ての人に慈悲のプロセスを歩むことを推奨するわけではありません。
ただ、それでも・・・。
やっぱり、このブログを読んでいらっしゃる多くの方が、今まさに慈悲のプロセスを歩もうと試行錯誤されていらっしゃると感じていますし・・・。
きっと今回のニュースついても、慈悲のプロセスの視点から解説してほしい方も多いのではないかなぁと感じました。
けして、麻央さんの人生を否定するものではありませんし・・・。
彼女を心から尊敬し・・・ご冥福をお祈りしております。
また、海老蔵さんとお子さん達のこれからのお幸せを心から願っております・・・。
そして・・・。
ご覧下さっている皆様とも、これからの新しい時代の中で・・・犠牲であれ・・・慈悲であれ・・・共に自分らしい愛を輝かせていけたら、とても嬉しいです。
いやぁ・・・。
愛が紡ぐ人生って・・・本当に美しいものですね・・・(TωT)
この世界で生きることは、時に大変なこともありますが・・・。
このようなことに気づかせてくれるこの時代に・・・。
そして、共にこの時代を歩んでいる皆様に・・・心から感謝です。
ご覧下さりまして、ありがとうございました。
