ちょっと前のことですが、奥さんがソファーで横になりながら、苦しそうにしていました![]()
そこで、声をかけてみたところ…。
奥さん「うーん…、自分は無価値だっていう気持ちが今出てきているの。
ちょっと苦しいなぁ…。
ねぇ、なんでこの気持ちが出てきているのか、あるじに聞いてくれる?」
おおっ、そうなのか(´Д`;)
じゃあ、あるじに話を聞いてみよう
…ということで、あるじに登場してもらいました(`・ω・´)ゞ
あるじ「うむ。
過去の感情が出てきているようだな。
よく味わい、消化することだ。
それによって、その感情は徐々に癒されていく。」
奥さん「でも、なぜこの感情が出てきているの?」
あるじ「お前は過去にずいぶん親から否定的な採点をぶつけられたな。
『お前は遅い』
『だからお前はダメだ』
『お前が悪い』
『早くやりなさい』
などなど、否定的な感情を込めて、決めつけられたことがあったね。
時に激しい感情を伴って、お前が受け入れるまでそれは続けられたことがあった。
そういう経験を何度もするとどうなると思う?
『自分は遅い』
『自分はダメな人間だ』
『自分が悪い』
『できない自分は悪い』
などといった自分への否定的な価値観が知らず知らず潜在意識に形成されていく。
お前の心の中に無価値な自分像と、それへの悲しみと苦しみが残っていたわけだ。
最近は特にリラックスして自分と向き合い、本来の自分らしさのエネルギーを解放しようとしているので、その部分がフタとして、今表層意識に出てきているのだね。
よいかな。
過去のレッテルに捕われるな。
『自分は自分のままでいい』
『胸の奥に無限の価値が宿っている』と思うのだ。」
奥さん「そうなんだ…。
確かに、両親はあの頃はひどかった…。
とっても厳しい言い方をいっぱいされたから。」
あるじ「両親だけではない。
学校でもそうであったろう。
教師たちもまた、特定の価値観を子供たちに投げかけなかったか?
『成績のよい子が良い』
『先生の言うことを聞く子が良い』
『言うことを聞かない子は悪い』
ハッキリは言わずとも、そういう雰囲気は持っていた教師が多かっただろう。
すると徐々に教師だけでなく、生徒たちもその価値観を受け入れ、その様な雰囲気を発するようになる。
大人の価値基準を受け入れるほどに、子供は劣等感に悩み、同時に優越感を感じたくて、無意識的に他の子を差別し始める。
まだ純粋であどけない魂にとって、それはなんと苦しいプロセスだろう。
特に日本の子供はほとんど例外なく、皆この国の教育に苦しむのだよ。
そして、たとえ大きなトラウマ体験がなくても、このような価値観は、何度も心に投げ込まれることによって、次第に潜在意識に足跡を残していく。
お前の場合は、特にその様な価値基準と感情の渦の中で非常に苦しんだな。
だが、大切なのはその影響を自分が受けていたことに気付き、正しい価値観を自分に向けてやることだ。
よく考えてみろ、両親が言ってきたこと、教師たちが言ってきたことは『その人間の都合』ではなかったか?
両親も教師も忙しく、『都合のよい子供』が、いつしか『よい子供』の基準になっていたのではなかろうか。
もちろん、そうではない正しい躾の言葉もあっただろう。
だが、もしその言葉が子供の心を苦しめているとしたら、それは正しい躾ではない。
たとえ厳しい言い方だとしても、そこに子供への想いがあるのであれば、子供は苦しまない。
そして、大人も子供への想いがあれば反省することができる。
しかし多くの場合、反省できない大人は子供を苦しめる躾をするものよ。
それはもはや、躾ではなく支配だ。
そして、その大人の中でも『これが正しい』という固定的な価値基準と、自分自身へのプレッシャーが存在しているのだね。
つまり、大人自身もそのプレッシャーの中で苦しみ、それを子供にもあてはめている。
子供はそれを真に受けて、大人の言う『正しい』を追い求める。
そうして、またその子供は成長すると、自分の部下や子どもへと、支配とプレッシャーの教育を投げかけ続ける。
今の社会の流れというものは出来ているのだよ。
だが、よく考えてみてほしい。
それで一体誰のメリットになるのか?
それで、自分は、大人は、子供は幸せになるのか?
否。
そうはなっていない。
誰も幸せになっていない。
何が出来上がったかといえば、その価値基準の中の上層のものほど楽をして、中層から下層のものほどプレッシャーを鵜呑みにして、右往左往させられる世界が形成されるということだ。
しかし、本当の上層の者達は上手に隠れて、表に出てこない。
自分は苦労して今の地位を築いたので、一番甘い蜜をすすっていいと考えるのだろう。
だがもし、その様な立場の者が善意を開き、謙虚に意思決定するのならば、多くの人の心と共に、他でもない自分自身も救われるというのにな。
そして悲しいことに、教師たちですら、自分が上手くコントロールされていることに気付かないことがほとんどだ。
『社会とはこういうもの』と思い、忙しさを受け入れ、大勢の子供たちを同じ様に管理する教育をする。
そして、その教育を受けてきた親は、それを潜在意識にそのやり方を刷り込まれているので、子供へ否定的なプレッシャーを与えてしまうわけだ。
しかも、『これが正しい』と思いこんでいる者ほど、反省することができない。
このことは、お前だけではなく、多くのものに伝えたいことだ。
多くの人間がプレッシャーと歪んだ価値基準によって、自殺へと追い込まれることすらある。
だが、たとえどれほど他者から否定的に見られたとしても、このような真実を見ればそれを受け入れ、自分の存在を無価値だと決めつけることはないことがわかるはずだ。
だから、これは命にかかわる重要な情報といえる。
それほどに、この価値基準に縛られた集合意識の流れは強力なものだったが、ここにきてようやく緩み始めている。
多くのものが、社会の価値基準に疑問を持ち始めているのだよ。
心を大切にしてきた者は、今、そしてこれからがチャンスの時代だ。
もう無駄な苦しみの連鎖は断ち切らねばならん。
大人から与えられた価値基準から、自分を自由にするがよい。
胸に手を当ててごらん。
そこにそなたの魂がある。
子供の頃は、そこにフタをすることなく、堂々と笑い、堂々と涙し、堂々と怒っていた。
いつから管理されることに慣れたのだろう。
いつから自分の命への誇りを失ったのだろう。
そなたはそなたのままでいい。
胸に手を当てて、そう思うがいい。
『私は私のままでいい。
私らしい無限の輝きが、ここには宿っている。』
そこに宿る輝きには、そなたの苦しみを溶かし、分裂した人格を統合する力がある。
豊かさや、人との縁、チャンスを引き寄せる力もある。
苦しいのであれば、まず胸に手を当てて、自分の中心がそこであることをゆっくりと感じてみるがいい。
まずは、それを信頼するのだ。
そして、逃げずにしっかりと苦しみを受け止めて、消化していくのだ。
そうするほどに、少しずつ楽になっていき、本来のお前らしさが出てくるのだからな。
さらに言えば、それは比べられる様なものではない。
なぜなら全ての人間が『無限のエネルギー』を持っているのであり、また違った個性を持ち、違った輝きを持っているからだ。
深く見るほど、そこに比べられる要素は存在しない。
他者が真にそれを感じたのならば、ただ素晴らしいという共感だけが存在するはずだ。
本来、誰一人として、そなたを『無価値』だと決めつけられる人はいないのだよ。
そして、誰かが誰かを一つの価値基準で縛ることもできない。
たとえ神であったとしてもね。
そのことを心に染み込ませるのだ。
そちらこそが真実であるとな。
そして、植えつけられた価値観から脱出し、自分が心からしたいこと、自分が心から望むことをするのだ。
自分が心から価値を感じる基準で堂々と生きるがよい。
その時にそなたの奥にある『無限のエネルギー』を活用することができる。
恐れを手放し、外界の基準を信じるよりも、己のエネルギーを信じなさい。
ただ、無理をすることはない。
それは少しずつ進んでいくのだ。
一歩一歩味わい、一歩一歩解放し、一歩一歩己のエネルギーに目覚めていくがいい。
プレッシャーに負けない心を育んでいくがよい。
その先に自由な発想、自由な社会、プレッシャーから解放された真の生産性が人間の心に取り戻されるだろう。
個々の心が変わることで、世は変わるのだ。」
(先日話してくれた内容に、今回やってきたあるじのインスピを織り交ぜて再現してみました☆)
この時奥さんは、あるじの知恵に加えて情熱的なエネルギーが伝わったのか、スッと元気が出て来ていました(^^)
そうなんですよねぇ、本来心(魂)って否定的な価値を植え付けられたり、周囲と比べられるべきものではないのですよね(´Д`)
このブログでは、魂には無限のエネルギーが宿っているとお伝えしていますが、それは、特別な人だけがそうなのではなくて、全ての人がそうなんですよね![]()
それを活用して生きるために、まずは知らず知らず外界から否定的な価値を植え付けられている可能性に気付くことも大切なのだなぁと思います。
あるじは、親や教師、社会から与えられた価値基準から自由になり、心のエネルギーを解放して生きる簡単な方法を提案してくれましたね(^^)
ただ、これすらもあるじの一意見ですので、鵜呑みには出来ませんけどね(笑)
それでも、もしご自身のお心にピタッときましたら、よかったらお試しくださいね![]()
それと、潜在レベルまで完全に脱するのは時間のかかることだろうとも思いますし、僕自身じっくりとマイペースでやっている感じです(^_^)v
よかったら共にじっくりまいりましょうね![]()
ご覧くださりまして、ありがとうございました![]()