最近ハマっているTVドラマがあります(^^)
NHKでやっている『塚原卜伝(つかはらぼくでん)』という戦国時代に実際に存在した剣豪を主人公にしたドラマです。
いやぁ、メチャメチャかっこいいっす( ロ) ゚ ゚
昨日、録画撮っていた第4話を見たのですが、シビれましたねぇ∑(゚Д゚)
今回の卜伝の真剣勝負の相手は、鬼の面を被ったどこか神秘的な大男でした。
彼も実在の人物だったのでしょうが、まるで死に場所を探しているかのような、ヒリヒリとしていて、怪しくも神秘的な雰囲気を発していた人物の様に感じました。
ドラマの中では、その大男がムチャクチャ強いのですよぉΣ(゚д゚;)
結局主人公の卜伝はどれほど練習しても彼の刃に勝機を見出すことができず、死を覚悟して決戦に挑みました。
卜伝『どうせ死ぬならば、真正面から向き合って死のうと思った』
そう決意してた卜伝は、立ち合いが始まると、すぐに刀を抜き、脱力した状態で相手に向かっていきます。
その雰囲気は、極限まで研ぎ澄まされた無私の状態だったのでは…と想像しました∑(゚Д゚)
そして、大男が向けた刃を受け止めた次の瞬間に、卜伝は一太刀を真っすぐにあびせ勝利しました。
死中に活を見出した卜伝のこの一太刀…!しびれましたねぇ∑(゚Д゚;)
大男のどこか妖艶な神秘に対して、卜伝はまっさらな清さに満ちた神秘を感じました
一瞬の出来事をこのドラマではよく再現していたように思います。
ドラマの中では卜伝も『私とて死ぬのは怖い』と苦悩していましたが、そこまで真正面から恐怖と向き合えばこそ、研ぎ澄まされた一太刀へと繋がったのでしょうねぇ。
いやぁ~、剣豪ってかっこえぇなぁ~!(≧▽≦)
…。
…えっと…たぶん読者さんおいてけぼりで、一人で盛り上がっていますが(笑)
僕は過去世で剣術を何度かやってたみたいで、こーゆー自分を磨く勝負の世界が根っから好きなんですね~(^^)
でも興味のない方はゴメンなさい(´▽`;)
…さて、せっかくなんで、今日は昔の日本で剣の道を推奨していた神様と話してみようと思います(`・ω・´)ゞ
どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m
?「うむ。よろしい。」
すみません(;^ω^A
最初『どうも~(* ̄Oノ ̄*)』って書いたら応えてくれませんでしたね(^▽^;)
失礼しましたm(_ _;)m
おそらく…由緒ある神様かと思いますが、ここでは呼び名で呼ばせて頂いていますので、呼び名を教えて頂いてもよろしいですかm(_ _)m
イカズチさん「イカズチでよいよ。
君の活動に新しい風を吹かすことができればと思っている。
そして、礼儀は大切だよ。
今の人は礼儀を失い、自分自身のエネルギーも失っていることに気付いていない。
礼儀とは、他者に気を使うためのものではない。
自分自身を磨くためのもの。
自分自身にエネルギーを留めておくためのものなのだ。」
あああぁ…∑(゚Д゚)
そ、そうですよね…(((( ;°Д°))))
おっしゃる通りかと…。
な、なんか、荘厳な波動…僕の中で、えらいホンマもんの風が吹いておりまする∑(゚Д゚;;)
イカズチさん、よかったらいろいろ教えて下さいm(_ _;)m
イカズチさん「ふっ、私に教えられることなどあろうか。
そうではない。
人は人から学ぼうとする。
だが違うのだよ。
他から何かを吸収することは、まだ階段の手前の状態よ。
大切なのは、己で歩を進めること。
そうでなければ、人生の階段を全て登りきることなどできない。
今の人の世は、ほどほどがよいとされている。
だが、それは階段を登ることを途中で休み、己の力を引き出すことをあきらめることになっていないだろうか。
私とて、力の無きもの、強さを持たぬ者にまで階段を上れとは言えぬ。
だが、本来誰もが自分が思っているよりも、ずっと大きな力を宿しているものよ。
卜伝は死に向き合い、ギリギリまで恐怖を味わい、それを消化することで己を磨き、人が持ちうる最高の力を引き出した。
人は誰でもその様なことができる。
今の世には人としての美しさが欠けている。
過去の様に剣術に生きてほしいとは思わない。
死と向き合えとも言わぬ。
だが、己の進むべき道、己の見出すべき真実には真摯であってほしい。
そこに妥協して、一番後悔するのは自分自身であろう。
自分の心を澄まし、道を極めよ。
それは『自分自身』という道だ。
誰かに習うわけでもなく、自分自身の心を活かせよ。」
…ですが、イカズチさん。
その様な生き方は孤独ではないでしょうか?
多くの人と向き合い、和を持って共に幸せになる道と、心を研ぎ澄ます道の両立は可能でしょうか?
イカズチさん「さよう。
君の言うこともわかる。
私はけして外界に距離を置いてほしいのではない。
己の道にばかり照準を合わせ、他者を置いてきぼりにしてほしいのではない。
君の言う『和』も含めて、己の心信じる道を歩んでほしいのよ。
遠慮していないか?
自分の心にフタをしていないか?
もう一度正直に自分に問いかけるがよい。
剣の道では、遠慮も誤魔化しも、全て『死』に直結するものよ。
だから、剣豪は皆自分に真摯で、嘘が無い。
だが、『死』という危機が迫らねば、その様な正直さを持てぬものか?
それが人間の限界なのか?
私はそうは思わない。
『死』と向き合わずとも、己の心の奥に眠る『善』と向き合いなさい。
そこと向き合った時、『死』も『善』も同じものであったことに気付くであろう。
心を開き、『善』を成す皆の衆。
今こそ、心落ちつけよ。
そして、善なる心の根を生やせ。
けして焦らず、今は大風吹き去るのを待ちなさい。
今は己の心の道を定める時。
己の力、見くびるなよ。
『善』なる力、それはまことに大きな力。
どれほど多くの邪も、ただ一つの自立した善には一切敵わない。
今は己の『善』なる力を安定させよ。
時はいずれ来る。
読んでいる者、わかるな。
その時を待て。
その時まで、心を研ぎ澄ませ。
その時まで、心を大切にせよ。
その時まで、己の善をはっきりとさせよ。
時は来る。
多くのものが、今は待つべき時だ。
落ち着きながらも、堕落するな。
礼を持ちながらも、堅くなるな。
朗らかでありながらも、軽んじるな。
行く末は明るい。
だからこそ、あわてなさるな。
今はまだ、時満ちぬ者が多い。
ピースも含めてな。」
うわぁ~、そ、そうですかぁΣ(゚д゚;)
僕自身確かに、今は『じっくり』だなぁと感じています。
いずれは、大きなことに繋がっていくかもしれないとも感じてはいますが…。
今は焦らず、欲を出さずも、自分磨きを怠らないってことなんでしょうね。
精進致します。
イカズチさん、熱いメッセージありがとうございましたm(_ _)m
うわぁ~、それにしても、落ち着きながらも、堕落せず…かぁ!(´Д`)
耳が痛いですなぁ(笑)
そして『礼儀とは他者に気を使うのではなく、自分自身にエネルギーを留めるためのもの』という部分は、僕には新鮮に響きました。
礼儀って形ばかりのものではなくて、本来は自分も活かし、他人も活かすための叡智だったのかもしれませんね。
これは奥が深そうですが、今の日本の雰囲気を突破するヒントが、この辺にありそうだなぁとも思いました。
このメッセージを参考に、もう一度、自分のライフスタイルを見つめ直してみようかなぁ(`・ω・´)
ちなみに、ちょっと断定的な雰囲気のメッセージでしたが、お心にピッタリこなかった方はあまりお気になさらずに(^^)
こういう言い方をする神様も、やっぱりいらっしゃるんですねぇ。
僕のブログは癒し系の存在が多いですけど、たまにこーゆー方に出てきてもらうと、いい意味で刺激があるなぁって思いました。
ただ、何事も『せねばならない』ってことはないですからね。
お心が感じるままに進んでまいりましょう~
ご覧くださりまして、ありがとうございました