コントロールしようとしているなんて思いもしないほど、それは当たり前のことになっていて、

苦しくなる時はコントロールしようとしているのだと気づくと、

あら…やってるわ。こんな風にやっているのね〜って見てあげる。


戦う相手でもないし。

戦っているって、コントロールしようとしている時。


時間とも、人とも、自分の気持ちとも
戦っているんだよな。
コントロールしたいんだよな〜〜。


したい時は、しちゃってもいい。
こんな風にコントロールしようと頑張っているのか〜〜と気付きながら、喋ってみたりする。


いじけてみたり、相手が期待するようなことを言ってみたり、愛想を振りまいてみたり。


で、気づいてみるとやらない選択も出来るというか、止まるので、
そうなってみるとそこに使っていたエネルギーの大きいこと。

止まると、ようやく私は何がしたかったんだっけ?って、自分のしたいことへ気持ちが向き始める。

しないとならないこと、しないと生きていけないと思っていたコントロールがいらないとなると、
そんなことにエネルギーを使わずに真っ直ぐにしたいことをすれば良かったのだと思う。

でもあんまりにも他に向いていたもので、
したいこと???ってなるけど、
とりあえず、ソワソワしながら見ていた昔のドラマなんかをゆったりと夢中になってみた。

何かしていても、ソワソワしていたのも、
誰かからどんな風に見えるのかをコントロールしたいというのが見えて来て、

もうどう見られても、どう思われてもいいのだとホッとしてドラマを見た。

どう思われるかも、自分の中の、
こんな風に見られたら嫌だ、マズイぞ!っていうイメージなだけなんだけど。

コントロールしてちゃダメってわけでもなくて、
コントロールなんかしていない状態も最初から在っていいものだったというだけ。