娘は、私にとってはいつも子育ての常識を疑わせてくれる存在。


昨日来たお客さんが、子供さんの学校の友達のことで悩んでいるって話してくれた。


子供さんの友達は、無理やり遊ぼうと言って来て、宿題も自分もやらないから一緒にやらないで行こう、宿題やるよりもすぐに遊ぼうと言って来てそれを断ると散々なことを言ってくるんだとか。


子供さんに、自分の思っていることをキチンと言って断りなさいって言ってるんだけど怖くて出来ないと。


その友達の家庭のこと、ほかの子にもそれをやってることなどなど。。。


わかる。。。はっきり断りなさいって。


でもさ、言えない気持ちもとてもわかる。


自分が子供だったころ、はっきりと思っていることを言えただろうか?
言えなかったな〜〜。怖かったよな〜〜。


それは正論だけど、子供はそれが出来ないことで更に苦しむんじゃないだろうか。


自分の子育てが良かったのかどうかは娘にしかわからないけど、
そんな時は正直に言って来た。

そりゃ〜、言いたいけど、言うの怖いよな〜〜って、私も出来ないかも。。。って。

娘は、幼稚園で遊びたくない時もあっていいと教わって来たし、それでもそのまんまを受け入れてもらえた体験をさせてもらえたおかけで、
遊びたくないと一人で本を読んだりしていたらしい。


実は、それを心配したくなったこともあったけど、その姿を寂しそう、可哀想と扱うのは違うと思って心配するのをやめた。


それでもいいじゃん。


中学の時は、いじめられてた子が娘に助けを求めて来た。その話を聞いたのはその子のお母さんからでずっと経ってからだった。


友達をいじめてくる子にも、あんまりにも酷いといい加減にしなよって言って友達をかばったりしてたらしく、お母さんからお礼を言われてビックリしたこともあった。


娘をどんなふうに見るかをいつも考えてた。

どんな風に見たいのか。


考えて考えて、いつも何が一番大事なのか柱を立てて来た。


何かを言うタイミングも幼稚園で教わった。


それは今も続いてる。


はっきり断れない時があってもいいと思うし、私自身がそんなに偉くもなく、正当な行動が出来たわけではないから、

ただそのことでダメだとか思うのはおかしいっていうことを伝えたかった。


子供たちは、自分で選べない環境の中で、
たまたま一緒のクラスになった人たちの中で、
いっぱい考えて、いっぱい頑張ってもいるんだと思うから。


それでも多分、完璧な子育てはないと思う。
あとはあの子がどうにかしていくんだろう。
それでいいと思ってる。


子育てって本当はとても楽しいもの。