私は家族に自分の誕生日を祝ってもらったことがありませんでした。

それどころか、毒母から

「今日はおめでとうって言っちゃいけない日だから」

と、毎年言われていました。


理由は、ばあさんの旦那の命日だから。
喪に服す日なのだそう。
365分の1で同じ日になるとは…

私と母がこの家に嫁いだ時には、
すでに、その人は亡くなっており、
どんな人かも分かりません。

とにかく、おめでとうとは言ってはいけないと釘をさされます。
お祝いなんてもってのほかです。

テレビでお誕生日パーティーの場面があると、
「これはテレビだからやってるんだ。
友達たちもやってないはず」
と思っていました。
今、考えると、そう思うことで、
自分を守っていたのかもしれません。


誕生日を祝わないことが、普通であり、
当たり前で成長していく私。

中学生になると、友達と誕生日プレゼントの
やり取りをしますが、それでも、

“仲良い友達だから、プレゼント交換するのであって、家では祝わないもの”

だと考えていました。

そして、月日は流れ、自分が子供を産んだ時、
子供の誕生日はとても大事な日となりました。


私はやっと、事の重大さに気づいたのです。

毒母に対して思ったことは
「お母さん、それ本気で言ってるの?」
でした。

すでに毒母は死んでいたので、
頭の中でシミュレーションをしてみました。

「お母さん、なんでおめでとうって言ってくれなかったの?」
と聞くと、想像の中の毒母は、
「おじいさんの命日なんだから仕方ないでしょ怒」
と言って、にらみつけてきます。


生前の毒母と何か話し合いをすると毎回、
母がにらみつけてきて、話し合いにならず、
私が折れて終了のパターンなので、
もし毒母が生きてたとしても、
私の心は癒せなかったな、と思いました。

幼稚園に通う娘が、なんでもない日に突然


と、言ってくるときがあります。
おそらく、幼稚園でのお誕生日会の影響かな、
と思ってますが、私は
「お母さんが言ってくれなくても、娘が言ってくれるからそれでいいや」
と思っています。