ケサランパサランという妖怪をご存じでしょうかおやすみ

 

 

江戸時代以降の民間伝承上の謎の生物とされる物体で、綿毛のようにふわふわと漂います。

いたずらや悪さをするどころか、幸せを運ぶとも伝えられているようで、

妖怪辞典に載っていたので子供は妖怪と区分していますが、妖精のような存在です。

 

そのケサランパサランを次男はよく見ると昔から言っていまして

今日も塾に送る途中に、公園の中でいた!と嬉しそうに言っていました。

 

「ケサランパサランってね、今幸せだということなんだって」

 

次男の言葉を聞いて、ハッしたのは「今」という言葉。

アゲハ蝶や虹やきれいな自然に遭遇したときに、その意味を調べてみると

これから幸せが訪れる予兆と書いてあることがよくあります。

 

それはとっても嬉しいメッセージとして受け取っているのですが

ケサランパサランが示す「今幸せ」

という言葉は「これから幸せになれる」よりも祝福度が高いというか

私って幸せなんだと気が付かせてくれる言葉にドキッとしたのです。

 

怒りのコントロールが難しく、一緒にいることが大変な時期があった次男から

なんともしあわせでピースフルな言葉が出るようになった今は本当に幸せだと実感します。

 

大きな幸せを求めて、いつか幸せになりたいとつい思いがちですが

今目の前にある中にミクロな視点でたくさんの幸せを見つけていくことが幸せになるコツなのですね。

次男が見つけたケサランパサランはそれを教えてくれたようです愛

 

7月5日のの震災の予言を気にされた方も多かったのではないでしょうか。

私もそのうちのひとりで、その日は海に子供と行くお誘いをずらしてもらったり、

7月に旅行するのはやめておこうなど、かなり気にしていました。

 

当日は何事もなくホッとしましたが、

7月頭から今日にかけてトカラ列島にカムチャッカ半島にと

大きな地震が続き、地球が大きく動いているのを感じる7月です。

 

自然災害ではありませんが、私の人生のカルマそのものであった父との関係に激震が走ることがありました。

この数年、父を理解し父も心を許してくるような関係が築けていたと思っていたところに、構築した全てを崩壊するような父の咆哮を浴びる出来事が起こってしまったのです。

 

下の子の発達特性を知っていくほどに父は強い発達特性を持って生きていた人だったのだとわかったきた最近。

脳科学者の先生からADHD脳の特性をうかがう機会もあり

ADHD脳の人の高い強みが、ほぼ父に当てはまることでより父を理解することになりました。

 

ADHD脳の人が持つ強みの中に「エネルギーが高い」「言語を介さず一瞬でものごとを理解する」があるのですが

エネルギーの高さはふつうの3倍以上、1を聞いて一瞬で100を理解する能力と聞いて

うんうん、これは父にドンピシャに当てはまる。

 

エネルギーが高すぎるから、家族は父についていけないし、瞬時に理解するのは頭がいいけど、理解が追い付かない人を馬鹿だとするから、家族は自己肯定感が低くなります。強みが行き過ぎることで、近しい人間を壊すような特性が父にはあったのだとわかるようになりました。

 

しかし、パワフルで能力が高いことで、山登り、海にキャンプ、スポーツ、音楽、芸術、科学と私と妹に与えてくれたことも多く、親になった私は父と同じようにはとてもできないと感じさせられます。

 

高い能力によるよい面があるからこそ、馬鹿だ馬鹿だと言われても、怖いと思わされても憎む感情だけになることはなく、

しかし、普通の愛情でつながる父と子の関係を与えられず心がえぐられる自分を消化したくてもできない時間が10代20代30代もずっと続きました。

 

40に向かうこの数年は父を理解していくことで、私が幼いころから求めていた情でつながる父子の関係を感じるようなこともあり、孫に熱心にかかわる父を見て、ありがたいと感謝も強く、やっと近づいたと思っていた矢先

 

父からの暴言の数々が降り注ぎ

その関係が崩壊。

病んでしまうには十分なほどの言葉を浴びたことのショックと悲しみ

ここまできた関係なのにという痛み

涙が止まらない日々を過ごす7月となりました。

 

大惨事ではあるけれど、

このことは何を意味しているのか意味を見出して

光をつかんでいきたいというところにいます。

 

7月に世界が変わるような衝撃が走るという点で私にとって予言は的中していました。

大きな変化を感じている方も多いような気がする7月。

一見破壊と見えることがらも、そこには自分にとって必要なことがあると信じて進んでいきます。

 

6月の終わりに早い夏休み旅行に行ってきました!

早すぎですかねキョロキョロ

 

しかし、昨年の夏、酷暑につぐ酷暑の日々

お盆に広島旅行を企画していましたが、どうにも気力が奪われて

旅行しても暑い中、動けないのではないかと思うくらいだったので

(結局、昨年は南海トラフ警戒が出て泣く泣くキャンセルしました)

 

今年は、暑くなりすぎる前に行こう!

と、広島旅行リベンジで行ってまいりました☺

 

長男は小学校に入ってから

誰の影響というわけでもなく広島の原爆についての絵本を読んだり

本を借りてほしいと言ってきたり、

はだしのゲンを全巻読んだりと

なぜが広島の原爆について興味を持っており

高学年の時から広島原爆資料館に行きたいと言っていました。

 

子供には恐ろしくて見れないのではと思うのに

そこまで興味を持つなんて不思議でした。

前世は広島の原爆にかかわりがあった人なのかもしれません。

 

息子、念願の広島旅行!

私は12年ぶりの広島でした。

前回は、まだ次男が生まれておらず

元夫と小さな長男と一緒に行った思い出があり

あのときの思い出がよみがえって少し寂しい気持ちになるかなと思いましたが

中学生になった長男とあのときはまだいなかった次男と一緒に旅ができる今この時をありありと感じ、

 

大きくなった子供たちと過ごしてきた時間の重み

一緒に生きてきた時間への感謝

これから羽ばたいていく人たちとの、あと少し一緒にいられることの貴重さ

 

広島の地が感じさせてくれました。

昔、行った場所に時間を経て、行ってみると

以前の自分と今の自分の違いをものすごく感じることができていいのかもしれません。

 

子供の成長、自分の生き方、環境

12年の間に大きく変化して、今の幸せをより感じることができました。

 

変化というのは、うれしいものですね愛

広島の街も12年前と変わっていました。

より平和に、より洗練されて、原爆の悲惨さを世界に伝えるお役目をより強く持ち

素晴らしい街でした。

 

広島が発祥のパン屋さん「アンデルセン」で12年前はベビーカーに乗った長男がパンをにぎったまま寝てしまったのが忘れなれない思い出おやすみそのアンデルセンにも行ってみました。店舗全部が改築されていて、レトロだった店舗は超洗練された内装になっていて、びっくり!被爆後の広島の街に幸せを届けるパン屋として、歴史を刻んできたアンデルセン。被爆した建物が老朽化しての改築だったそう。

 

80年前の凄惨な姿だった街と今の平和さのコントラストを強烈に感じさせてくれる広島は日本にとって特別な場所。最高の旅となりました。




【おまけ】

次男が一番喜んだのは、広島駅ビルにある、巨大ポケモンセンター爆笑

東京にもないレベルの広さかも?

誕生日プレゼントを前倒しにして~と懇願され

にゃおはのどでかいぬいぐるみを買って帰路に付きました凝視


広島からきたニャオハ様