こんにちは、またお久しぶりとなりました🥰
4月から職場で新しいスタッフも入ってきて
なかなか忙しい日々を送っております。
そんな中、今日からまたヨガのお勉強が
新しく始まりました。
先日のブログ記事にもちょろっと書きましたが
カルロス・ポメダ先生のヨガ哲学講座で
『プラティァビーニャー・フリダヤム』という
タントラの聖典のお勉強です。
今日は待ちに待った初日でしたが
ほんの二時間の間でも感じたことがたくさん😍💓
その中でも最近、私の心の中で
ひとり考えていたこととリンクしたことを
書きたいと思います。
私はほぼ毎日、朝目覚めると
お家のベランダからお空を眺めます。
晴れている日も、雨の日も、曇りの日だって。
晴れている日は夜明け前の空や
日が昇るその瞬間にも出会えることもあり
本当に言葉にし尽くせない程の美しさです。
もちろん雨の日も灰色の分厚い雲や
外に出れば雨の降る音も最高で
いつだって自然の豊かな営みを
感じることが出来ます。
今は季節は春🌷
道端を歩いていても様々なお花が咲いていて
その色やトーンが季節によって違っていて
春ならではの美しさを感じます。
私はお花だけでなく、新緑も大好き😍🌱
少し前までは満開だった桜の木も
鮮やかな黄緑色の、元気で柔らかな葉っぱをつけ
ワサワサと風に揺れています。
(実はこの木の枝葉が揺れるのを見るとすごく、、
ナンというか意識がぶっ飛ぶ?のですが…笑
これはまた別の機会に書きます…)
出勤時にこの木を眺めていて、卒倒しそうになったことがある…😳うまく言葉にできるようになったら、そのことも書きます🙏🏽
そして植物だけでなく、鳥たちに出会えるのも
お外を歩く時の楽しみ❣️❣️
メジャーな雀、カラス、鳩なんかもだし
今はもうツバメが元気に飛び回っています。
先日なんかはハクセキレイという鳥が
鳴きながら飛び回っていたのですが
心の中で「こっちにおいで」って呟くと
ヒョイっと私の足下に降りてきてビックリ
可愛い姿をすぐ近くで見せてくれました💓
心が通じ合ったみたいで嬉しかったー😍
最近、とても心惹かれるものがあります。
それはある桜の木。
桜の木なんだけれど、注目すべきは
さくらんぼ🍒
と、
毛虫‼️🐛
数年前にその木を見つけた時に
真っ赤なさくらんぼがたわわに実っていて
それをじっと眺めていたら…
その数と同じくらい、いやそれ以上の
毛虫たちがその木にいたことに気付いて
それから観察対象となりました🤣
毛虫と言えども、さくらんぼがまだ緑の時は
毛虫たちも毛ってなくって、青虫って感じです。
今ちょうどさくらんぼが赤色に色づいてきていますが
どうやらその虫たちもちょっと赤っぽくなっています。
おもしろ~~~~いっ🤣💓
可愛いし、興味津々です👁👁💓
これこれ、この時はまだ毛虫たちは居なかったのよねぇ…👀
で、長くなりましたが
何が言いたいかと言いますと
美しい景色や、可愛い生き物、不思議な物たちって
それらはまるで、私の外の世界に在る物のようですが
本当は私の内側にしかないってこと。
実際、現実世界に実在するのは
花や木、虫や鳥、空や雲、雨などで間違いないのですが
それらを「美しい」「可愛い」「素晴らしい」と感じるのは私のハートなのです。
認識の仕方により、ハートが開き
ありのままの姿を受け取る。
そのありのままは神々しいハズなんです。
だから捉え方、受け取り方が大事で
それにより「美しさ」は存在したり、しなかったりするのです。
実際にそのさくらんぼと毛虫のことを
同僚の数人に教えて、実際見てもらいました。
(すごく悪趣味な人だと思われた気がする…😂)
すると全員「気持ち悪いっ😱」とのこと。
もちろん私もじーっと見ていたら「きもっ」ってなりますよ。🤣
だけどそれよりも「驚き」が先に立つのです。
「へぇ~~~こんなにたくさん毛虫が集まってるんだ」
みたいな。
さくらんぼがこんなご近所でいっぱい成ってるのも
私としてはすごく驚きですしね。
とにかく、私が見ているさくらんぼと毛虫と
同僚たちが見ているものは、
同じ物のようで全く別物なんです。
これはまた同じように
彼らが美しい、可愛い、好きだと感じる物でも
私にはそう感じられないと言う物もあるってこと。
個人がそれぞれどのように受け取るかは様々で
とってもユニークなんですよね❣️
先日お花屋さんで見た紫陽花❣️
鯨ベーコンにしか、、見えない😂😂😂
ここでやっと今日の講座のお話ですが🤣
今日はほんのイントロダクションのお話でした。
つまり本題のその聖典の中には入っていません。
最初はその本の書かれた時代背景や
タントラという考えがどのように生まれてきて
どんな考え方をする学派なのかというお話です。
いやしかし…それだけでも十分に面白いっ😍💓
そのタントラにもいくつかの学派があり
私たちがこれから学ぶものはヒンドゥータントラの
その中のシャイヴァタントラという学派の
またそこから枝分かれしたカシミヤシェイヴィズムという
9世紀頃に生まれた学派の一つに当たります。
(ここら辺はヨガに興味の無い方は飛ばしてください笑)
その説明をカルロス先生がしてくれていたときに
ふと言った言葉が響きました。
「美は内側からしか生まれないからね」
まさに最近、通勤中に考えていたことで
「だから私、タントラが好きなんだ」って
すごく理解できました🥹
タントラの考え方では
この宇宙に存在するものは意識から生まれたもので
意識はシヴァであり、この世界に存在する全てはシヴァ。
私やあなた、お花や虫たちも、全てがシヴァの現れなのです。
だから私たちは究極的にはひとつであると言う考えです。
それは、至る所に意識は存在し、
その全ては神々しい物なんだということ✨
あるヨガの学派であれば、邪魔者にされる肉体さえ
これもシヴァの現れであり、素晴らしいと考える。
私たちが日々、目にする物はすべてシヴァ(意識・神)。
それならばその全てが尊く、美しく、愛おしいはずです。
だけど、その捉え方を持っていなければ
ただの物。存在している物質です。
私たちのその捉え方が「美」や「愛」を存在させる鍵なのです🔑
だから「内側にしかない」のですよね✨
同じように、豊かさもそう。
逆を言うと、貧しさもそう。
苦しみも喜びも、全部ぜーんぶ
わたしたちの内側にしかない。
だけど
外側ばかりにそれを求めたり
外側を変えようと躍起になるから
いつまで経っても「変わらない」んだ。
私たちが何よりも取り組まなければいけないことは
行動よりなにより「意識」を意識すること。
外側へ向く目を、内側に向け、留めながら生きる事。
自分のハート、中心に繋がり続けることなのです。
これって別に、頭の中をお花畑にしておけ、
という訳ではありません🤣
醜い、汚いと感じる事も世の中にはあります。
だけれども、それは排除すべき物ではなくて
それさえも自分の捉え方で、愛にたどり着くこと。
そうすれば、嫌悪して突き放すような必要はなくなります。
ちなみにこれは別の講座の時のノートにですが
「愛にたどり着くことが、全てを解放してくれる」
と書いていました。
乱筆すぎる……😂😂
この世の全てがシヴァだったとしたら?
この世の全てが尊い物だとしたら?
すべてが愛であり、美であり、善であるとしたら?
もしそうなら…
いったい何が、私の目を眩ませているのだろう?
そう意識し、熟考し、捉え方を変えることが「愛」で
その目を眩ませていた隔たりを解放してくれるんだと思う。
この世界を美しい物、豊かなもの、愛溢れるものにしたいなら
それを可能にするのは自分しかいないんだ。
「自分の機嫌くらい自分で取れ」
なーんて言葉も聞きますが
なんなら
「素晴らしい世界くらい自分で創れ」
くらい、言っても良いのかもしれませんね😁
まぁそんな訳で
私は勝手にひとり、素晴らしい世界を
好きなように創っていこうと思いました💓
またちょこちょこ、講座の気付きなどを
ブログに書いていきますね~🥰
それではまた😍🙏🏽
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