「望み」を拡大させようと願い、
真剣に動き出してみたら。
同時に迫られるのは、
「今」、既にここにあって、
大切だと思っている
良くも悪くも
「しっくり馴染んだ」ものを手放すこと。
「今」あるそれを手放したら、
訪れるであろう、
あらゆる変化を想像すると、
「こわい」
って、なる。
その変化を引き受けるの、
めんどくさっ、、てなる。
ともすると、
やっぱやめよ、、ってなる。
お皿だって割れる。
「怖いはGo!」の「怖い」は、
そういう「こわさ」なんじゃないかな、と
個人レベルで理解できた気がする。
どんな「望み」を叶えられたとしても。
それが、
どんなにステキな「望み」だったとしても。
「望み」は、言う。
「あなたの元にようやくたどり着けて
本当にうれしい。
みつけ出してくれて、ありがとう。
でも、ひとつだけ、覚えておいてほしいの。
今、あなたの目に、
私はキラキラとしか映っていないかもしれない。
だけど、どんな事にも、
陰と陽の面があるように、
私にも、
メリットとデメリットのふたつの顔があるの。
どっちの顔も楽しんでくれたら、
私たち仲良くやっていける。」
自分が本当に望んでいることは、
何なのか。
それは、
本当はもう持っていて、叶っていて、
それでも、
もっともっとって思うなら。
その「望み」は、
今よりも、
もっと発展・拡大させた進化系なのかもしれない。
「良くも悪くも、変えたくない。」
望みに手を伸ばしたことで、
訪れるだろう「変化」まるごとを
引き受けられない時、
ブレーキをかけているのは、この思い。
今よりも
もっと拡大させたい「望み」の原型は
きっと、もう持っているから。
「今」を味わい尽くして、
満足した証。
「良くも悪くも」
変わることを引き受けながら、
また少しずつ、
自分仕様に
しっくり馴染ませていったらいいんだ。
怖くても、Go!だ。
🌿 こわがる自分も大切に抱きしめよう。
ブログとは少しちがう日常を、週に2回を目安に書き始めました。個別メッセージも、すべて読ませていただいています♡


