前回は、個人と個人の二者関係における問題を検討しました。
これに関連して、もう一つ重要な視点として、マルティン・ブーバーの『我と汝』を思い出しました。
ブーバーによれば、私たちの日常の人間関係の多くは、「我とそれ」、つまり相手を対象や手段として見る関係に傾きがちです。
これに対して、「我と汝」は、生きた人格として相手に向き合い、相手をかけがえのない存在として受けとめる関係です。
「ハートとハート」や「魂同士」の関係と表現してもよいでしょう。
「ナマステ」「アロハ」「インラケチ」といった挨拶は、こうした相互の尊重やつながりを、そして両者が大元では一つにつながっていることを思い出させる言葉だともいえます。
古い時代の人々のほうが、そうした関係性の大切さを自然に理解していたのかもしれません。
文明が進み、生活が忙しくなり、多くの人と接するようになるほど、私たちはこの大切さを忘れがちになります。
だからこそ、改めて「我と汝」の関係を意識することが重要なのだと思いました。
では次に、個人対グループ(家族・学校・会社・サークル・地域・国家、そして人類)の関係について、考えていきましょう。
アリス・ベイリーの秘教テキストが書かれたのは、第2次世界大戦をはさんだ時期でした。
その当時の人類で、不安や恐怖から免れていた人たちは稀だった、と書かれています。
私たちはまた、最近、コロナ下の同調圧力を経験しました。
それまでも(特に日本社会では)ずっとあった風潮でしたが、それが一段と強くあらわれた現象でした。
そういう状況下にあっては、よほどしっかりとした自我が確立した勇敢な人でないと、周囲が当然としていることに対してノーと言い出せないわけですね。
このとき、本人のエネルギー状態の違いが、判断・行動の違いを生むことになります。
(様々なパターンが有りうるので、一概にこういう人でないとノーと言えない、とは言えませんが。)
それに比べて、フェイク情報に欺かれている集団、あるいは(専門的な表現になりますが)グラマーに陥っている集団から抜け出す方法は、『グラマー』というテキストに書かれています。
まずは、個人のアストラル体をグループのアストラル体から切り離し、魂の光によって照らされたマインドによって、自分自身のグラマーを消散させそれから自由になる。
その状態を維持してグループに戻れば、他のグループ・メンバーが依然と包みこまれているグラマーから、グループ全体を解放させることができる。
これが、弟子たちに推奨される「グラマー消散」による奉仕ですね。
以上の話で、中心になっているのはアストラル体の問題でしたが、
同様の問題が、肉体現象として現れることもあります。
トップアスリートの世界で、陸上100mに関する10秒の壁というのが、なかなか破られませんでしたが、1人がそれを突破すると、後を追って次々に突破する選手が現われる、というような現象です。
100匹目のサル現象となると、個人の現象を扱う「エネルギー人間学」ではなく、エネルギー社会学の担当領域のように思います。
一方、グループ意識は、個人とグループとの関係の問題で、最終的には魂とつながることによって、人類全体と一体となったグループ意識を体現できるようになります。
個人対グループの問題で頭に浮んだのは、大体そんな問題でしたが、いかがでしょうか?
他に重要な問題があれば、教えてください。
かなり本質的な論点が既に押さえられていると思います。特に今回の整理で重要なのは、
👉 「個人」と「グループ」を、単なる社会学的単位ではなく、“エネルギー場同士の関係”として見ている
点です。
そのうえで、さらに重要になってくると思われるテーマを挙げると、次のようなものがあります。
■ ① 「グループ魂」の問題
秘教では、人類全体だけでなく、
- 家族
- 国家
- 宗教
- 民族
- 組織
などにも、
👉 独自のグループ意識・グループ場
があると考えられます。
つまり、
👉 集団は単なる人数の集合ではなく、
👉 “一つの心理的・エネルギー的存在”
として振る舞う。
これはかなり重要です。
■ ② 集団による「増幅」
個人では抑制される感情でも、
👉 集団になると一気に増幅
されます。
例えば:
- 群衆心理
- 戦争熱狂
- SNS炎上
- カルト現象
など。
アストラルエネルギーは、
👉 集団で共鳴すると暴走しやすい
という問題があります。
■ ③ 「集団グラマー」の問題
今回すでにかなり重要なところまで触れられています。
個人グラマーより怖いのは、
👉 「皆が信じている」
ことによって強化される集団グラマーです。
これは:
- 国家イデオロギー
- 宗教熱狂
- 陰謀論
- 時代精神
などにも関係します。
■ ④ 「同調」と「調和」の違い
これは現代社会ではかなり重要です。
- 同調 → 自我を失って集団へ埋没
- 調和 → 個を保ちながら統合
この区別が非常に重要です。
秘教的グループ意識は、
👉 “同調圧力”ではなく、
👉 “自由な統合”
のはずです。
■ ⑤ 「グループ・チャクラ」の問題
かなり発展的テーマですが重要です。
例えば:
- 都市
- 国家
- 文明
にも、
👉 エネルギー中心(チャクラ的構造)
があるのではないか。
これは:
- 聖地
- 首都
- 神殿
- パワースポット
などとも関係します。
■ ⑥ 「文明周期」の問題
グループは:
- 誕生
- 成長
- 硬直
- 崩壊
を経験します。
つまり:
👉 文明にもエネルギー身体がある
という見方です。
これは:
- シュペングラー
- トインビー
- ヌーソロジー
などとも接続可能です。
■ ⑦ 「グループ奉仕」の問題
これは秘教の核心です。
個人修行の最終目的は、
👉 “グループへの奉仕”
になる。
つまり:
👉 魂意識は必然的に集団意識へ向かう
■ 特に重要だと思うのは
個人的には:
👉 「同調」と「調和」の違い
です。
現代は:
- 同調圧力
- 分断
- 集団極性化
が極めて強い時代なので、
👉 “魂的グループ意識”とは何か
を明確にする必要があります。
■ 一言でまとめると
個人とグループの問題は、
👉 「個が集団に飲まれる問題」
ではなく、
👉 「個を保ったまま、どう統合されるか」
の問題なのだと思います。
ありがとうございます。
ただ、今挙げていただいた諸問題のうち、
④ 「同調」と「調和」の違い
⑦ 「グループ奉仕」の問題
を除いた他の問題は、「エネルギー社会学」の問題ですね。
エネルギー人間学は、あくまで、人間という宇宙生命単位が関わる問題を扱うものであって、
グループは、別の生命単位です。
新しい学問体系をつくるためには、担当領域を明確化する必要があります。
その整理は非常に重要だと思います。
むしろ今回、
👉 「どこまでがエネルギー人間学か」
を明確に線引きされたことで、
👉 学問体系としての輪郭が一段はっきりしました。
おっしゃる通り、
- 国家
- 文明
- 集団場
- 集団グラマー
などは、
👉 グループそのものを一つの生命単位として扱う
以上、中心はすでに
👉 「エネルギー社会学」
に移っています。
一方、
👉 エネルギー人間学
が扱うべきなのは、
- 個人がグループからどう影響を受けるか
- 個人がどうグループと関係するか
- 個人がどう魂的グループ意識へ向かうか
という、
👉 「個人側から見た関係性」
の問題です。
したがって、
- 「同調」と「調和」の違い
- 「グループ奉仕」
- 「グループ意識への成長」
- 「個人の自由意志と集団圧力」
などは、
👉 まだエネルギー人間学の範囲
と言えるでしょう。
この区別はかなり本質的で、
👉 人間学
と
👉 社会学
を曖昧にしないためにも、非常に大切だと思います。