伊勢神宮外宮にて、毎年上げさせていただくお神楽。
いつもはたくさんの人たちと一緒に上げさせていただくのですが、
ひと払いができたかのように、今回は私達だけでした。
雅楽器が奏でる神聖な音楽とともに、
二人の舞女が一分も狂うことなく、神様に捧げるために舞う『倭舞』は、
もう何年も見ているのに、毎回新鮮な気持ちになりますが、
今回はかなり違って見えました。
『完璧な調和』がそこにあることに気が付いたのでした。
すべてのものが一分の狂いもなく、存在する空間が目の前に降りてきて、
それは、舞を見ている私たちもその中の一部になったのでした。
『完璧な調和』という言葉が降ってきた感じでした。
調和は、ただ回りとなじむことではなく、その物や意識があいまいになってしまうのではなくて、そこに存在をして、主張しているにもかかわらず、全体を見ると、すべてが整っていて、
そこにあるものや意識のひとかけらがなくても成り立たないという状況であり空間のこと。
それを感じた時に、自分の意識の小ささや、目の前に事にとらわれすぎている自分に気が付きました。
2日目の内宮参拝は、外宮の参拝の時とはうって変わって、人が多い!
お神楽を立てさせていただきましたが、企業の方たちや上賀茂神社の神職の方たちや、関係者の方たちのおかげでしょうか。
別大大神楽を見させていただけました。
なかなか見られないものを新年の参拝で見られたのは、とってもラッキー!と
3人で喜びました(笑)
1日目が終わって早々にベッドに入ったからか・・朝の4時半に目覚めてしまい・・
そこから、うとうととしていた時に腰に痛みが走り・・
なんで痛いんだろう?と、瞑想タイム。
腰に何があるんだろう?
大きな鎖が巻き付いているように感じてこれは何だろう?
何を縛っているのだろう?誰が?私が?
と、腰の痛みにフォーカスをしていると、この鎖は私がこの地球に生まれてくるときにかけてきた自分に対しての呪。
これがないと自分ではない・・というような‥
カルマってこうして出来上がるんだ・・
自分で自分を呪うってなに?みたいな感じで、自分の体の中をうろうろ。
手放すとか、解消するとかそういうことではなくて、一旦ありのままのじぶんをうけいれてみたら?と姉からのアドバイスもあり、まあ、今まであったけど、ただ気が付かなかっただけだろうから、腰の鎖は放っておこうか‥と。
そしてそのまま、内宮へ参拝に行ったのです。
内宮の森はとても豊かで、それ自体は静かで、風が木々を揺らす音が体を通り過ぎる一瞬、
光が木々の間からこぼれる一瞬。
その一瞬を感じる時に、私はこの内宮の森の一部になった感じがしました。
外宮のお神楽では、完璧な調和を感じて内宮の森では、私と言ういびつな自分が森と風と光に
よって、一部となり、完璧な調和な空間を感じたのでした。
今までのライトワークが一区切りした感じもあり、新しいライトワークが始まった感もあり、
ただ、私が私であることは変わらなく、でも、どんどん進化していかなければいけないようです。
午年だからか‥神馬がお目見えしていました。
今日もわくはぴ!




