昨日の帰りは、館内にいる間に降り出した大雨は止んでいたが、停電に驚いたなぁ。警察官が信号を誘導していました。
さて、本題に入ります。
私は手話脳で日本語に苦手意識があります。
でも、日本語で書かないと、ろう者や難聴者の心理を広められません。
デフフラを始めた頃、私も含めてあるろう者の行いに叱責を受けました。その時は注意喚起の文もなかったし、音声だろうから、ろう者や難聴者には届いていなかったでしょう。
ブログでこのことを書いた後、イベントの運営者が写真やビデオ撮影禁止のマークを分かりやすく掲示してくれるようになり、さらに公式サイトにもその旨が明記されるようになりました。
これは、聴者とろう者、難聴者がともに気持ちよく過ごせる環境づくりと、相互理解を広めるための取り組みです。
また、常に音声による情報提供ができるわけではないため、視覚的に得られる情報は多くの聴者にとっても有益です。ろう者や難聴者にとって必要とされる配慮は、実は聴者にとっても、高齢になった時や何らかの障害を持った時に初めてその重要性に気づくものでもあります。
最初は自分の好きな内容を手話で発信していましたが、リアルでは昔からあんまり変わっていないと実感しました。AIの力も助けてもらえる時代だからこそ、下手な日本語でも伝える必要があると感じています。
ここ2日、手話通訳と2つの携帯会社に丁寧に対応してもらい、長年のモヤモヤがスッキリしました。電波対策も教えてもらい、しばらく試してみます。他社も気になるけど、今回は様子見。相談してよかったです。
ありがとうございます。
手話通訳者なしでは、約2時間も質問できず、丁寧な説明も受けられませんでした。
(AI生成)
大きな病院の眼科での体験です。
視力検査士さんが「狭いから(手話通訳者に対し)邪魔。筆談ボードも用意しているから」と言いました。私は手話通訳者が必要と言い止めました。
検査士さんは不機嫌でしたが、検査中、右、左、上、下へ指差すだけでは済まない場面がありました。
「緑色と赤色のどちらがよく見えるか?」と聞かれ、手話で「同じように見えますが、緑色の方が少し濃いかな?」と答えました。
検査士さんは、私が「右(緑色)、左(赤色)」を指さすだろうと思っていたのでしょう。手話通訳者の音声を聴いて、ハッとしたのか、手話通訳者が必要と気付いたため、ガサツから丁寧な対応に切り替わり、手話通訳者の分の椅子まで出されました。
ろう者、難聴者は、指さしたり、身振りで伝わるとか、心で通じれば良いと言う人もいますが、実際は聴者が普段話しているのと同じように話しています。「うーん」とか「えーーっと・・・・・・」という様子も通訳してくれます。ろう者、難聴者も然りです。このような発言で、なかなかお返事が返ってこないのは手話通訳者のせいではありません。
右を指差すしかないと適当に答えたり、筆談でも長くは書かず手短に書いてしまうケースもあります。
「心が通じるだけで良い」という建前とは裏腹に、より深い理解を求める人は多いです。そうでなくても、目で得る情報は音声と同じ量をと多くの人は求めています。
つまり、昨日の例ですが、電話リレーサービスも遠隔通訳サービスもありますが、地域によりますが、長時間になりそうな時とかは、手話通訳者が隣にいて、電話通訳のケースもあります。
その最中に、「今、雷が鳴ったよ」と通訳していただけるだけでも、閃光がなくても今鳴ったんだと理解ができます。
若い頃の苦い経験や仕事や大学などを通して情報保障を知り、手話通訳者の派遣を利用するようになった人もいます。
高齢の親に通訳をお願いできなくなることで、手話通訳者の利用数はさらに増えます。
筆談だけでは通じない場面もあります。
通じない時、曖昧に反応する人は、罪悪感を持つか、聞き流すかのどちらかです。
初めての海外で言葉が通じない時、翻訳通訳者がいないと、言葉のズレに気づきません。手話通訳者も同じで、手話の分からない聴者とろう者、難聴者の間で不快感を与えないために必要です。
ろう者、難聴者も派遣を利用することで、及び、聴者がビジネスとして手話通訳者付として利用することで、手話通訳者養成に貢献できます。
手話と日本語は文法が異なります。
『手話通訳者が要らない』と言う人は、日本語脳の人や手話に苦手意識を持つ人が多いかもしれません。
優越感を持つ人もいるかもしれません。
人はそれぞれですが、そうでない人であることを願います。
