11月2日は、Sugi & Deaf Hulaの最後の出演日です。
昨日は、10月11日以来のリハーサルを含むレッスンを行いました。
以前は、私から手話歌の細かいチェックを望まない方もいたため、許容範囲だけを伝えてあとは黙っているつもりでした。
しかし、細かい部分の指導を嫌がらずに受け入れてくれる手話通訳者がいたことに、大変感謝しています!
「手話歌」と呼べるかどうかは、口の形に「ぱぴぷぺぽ」が含まれているかで判断しやすいと思います。
それがなければ、「手話」とは言えません。
表出範囲や関節の動き、速度の変化など、きちんとした基礎が確かに存在します。
「かすみかぐもか」の「雲」の後、晴れるように「ぱ」で両手が広がる部分があるのですが、いきなり「ぱ」になって「ん?」と感じました。
(両手の開き具合にも限度があり、あまり大きく開きすぎるのは不自然です。手話歌はそうしないと意味がつかみにくくなります)
そこで、「ん…ぱ…」と指をゆっくりまっすぐに伸ばし、目は細めて徐々に開くよう修正し、その通りに演じていただいたとき、「これなら意味がわかる」と思いました。
聾者でも意味がつかめる表現だと感じ、とても嬉しかったです。
私が指導していると、「これって※CL(Classifier/類辞)ですね」と言われました。
※CLとは?..知らない人は検索をかけてみて下さい。
わあ!パチパチ👏
CLを知らない手話通訳者は少ないと思いますが、表現できない人はいます。
たとえCLと言っても、微妙に不自然な表出だと頭が真っ白になり、意味が理解できなくなることもあります。
昨日の例でいうと、「花盛り」の部分を「花/(桜の木が)並ぶ」と表現すると、花が地面に咲いているイメージが先に浮かんでしまいます。
桜は桜の木なので、「花」単独は使いません。
これを判断できない聴者が手話歌をすると、手話を使う聾者たちにはすぐに見破られます。
彼らが心の中で「意味わかんないねー💢」と思っていても、ほとんどの場合、口には出しません。
だからこそ、細かい部分を教えてもらえることを嫌がらない手話通訳者がいることに、大変感謝しています。
手話歌の細かい指導は久しぶりでした。
フラダンスでの細かい指導の癖が染み付いています。
手話歌の基礎は、子ども向けの歌にこそあります。
TikTokで「手話歌」を検索して見てみると、多くの聴者は基礎ができていません。対訳的手話でもなく、厳密には手話歌とは言えません。
最低でも聾者20名に確認し、歌詞なしの手話歌だけを見せて意味が伝わるかどうか聞くべきです。
もし意味が分かりにくいと言われたら、歌詞を見せて修正してもらうのも良い方法です。
(間違っていることに気づかずに手話歌をする人は、正直キモいですし、聾者が悲しんでいる気持ちはおそらく理解できないでしょう……)
私自身、間違っていたと気づいたときはキモさを実感していました。
それはある意味、偽善とも言えます。
手話通訳者でさえ知らない聾者の心理について、少しだけ話したくなりました。
聾者の心理を一人のサポーターにのみ話したことは、 聾者は絶対に口にしないことなので、このことに関しては今後、傷つけるようなことはしないと思っています。
彼らは確かに存在しているのです。
私はいつも思っています。今だからこそ言えます。
私についてくれるサポーターは最高だ!と。
口には出しませんが、それは間違っていないとも感じています。
聾者の本音が聞ける場はほとんどなく、目の前にいても多くの人はついてこれませんから。
本音を語るなんてとんでもないと思ってるのも事実です。
さて、明日、手話歌・フラの出演が終わった後、ホットワインを飲んで、Sugi & Deaf Hula(杉とデフフラ)は解散します。
もうすでに次のフラ曲のイメージを温め始めています。
信じられないかもしれませんが、、心身のメンテナンスも含めて時間があまりなく、自分のやりたいことだけをゆっくり絞っていく今後が楽しみです。
理由を尋ねられた方には説明済みです。
ご理解いただき感謝いたします。
明日ご協力いただく皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。楽しみです♪
11/1更新