今日、SUGI&DEAF HulaのLessonの時に、歌詞の意味を説明し、今回の曲は特に心を込めて踊るためには、日本語を手話に翻訳した手話歌のLessonも行いました
まず、手話で歌詞の意味を理解したかどうか確認しました![]()
手話の語彙がちょっとだけでも違うと、ん?何を言っているの?ってなってしまいます
つまり、「お花がいっぱい咲いている土地」なのに、pua(お花)から視線を逸らすと、「あちらにお花が咲いています」とかになってしまうケースもあります
日本手話も然りです
こういう場面では、手話狂言にも似ているのかもしれません
一例ですが、右手の親指と左手の人差し指を順に出して一人称の所が、視線のあり方で二人称に見えたりしてしまう点にです
更に、「わぁ、お花があちこちに咲いているわ」的な体勢や顔の表情ですと、"土地にいっぱいお花が咲いているのね”ってなります
理解できる人は理解できますが、次はマジな話です
日本人は特にハワイアンフラを習得する前に日本手話を覚えてから踊るのを私はお勧めします
ただ、注意して頂きたい事があります
一例ですが、手指日本語で「○○が綺麗になる筈がない」と話された時、頭の中が真っ白になってしまう時もあり、その理由は・・?
手話文法ではなく、日本語文法だからです
予め日本語脳で心構えてたらなんとかの人、私も含めていますが、手話が言語のネイティブろう者にとっては、日本語は手話の次ですから、自然と手話脳に戻ってしまうんですね。
ですので、相手が手話の分かる人と思って、油断して手話脳のまま読み取ってしまうと、痛い目に遭ってしまう事もままならずあります
両手で「ありがとう」と街で言われるのは大変嬉しいけれども、それだけでは、どの言語なのか判断できないので、
「手話で話せますか?」と聞くと、殆どの人は言います
「少し・・(照れ)」
だから、騙されるんですよ、私たちは。。(^^;
少しでもなかったりします←そういう人多いんです
「手で日本語が少し話せます
」と何故言わないのだろうか?
いまだに謎です
ネイティブろう者でないと、手話で話すのは難しいと言われていますし、ネイティブ手話脳の手話通訳者はほんの米粒のようなものです
ですので、ろう通訳者が必要なのは大いに理解できます
本題に戻って、フラ曲の歌詞を手話歌に変えずに踊るのは・・(うーん・・)
ハワイのミュージカルを音無しではうーんという人もいたので、多分、耳から聞いてる人は気分も違う筈です
同じように、ろう者は目で見て気持ちいい気分と言いたいけれども、それより最低に意味を知る権利はあります
私たちのような人は日本語ではなくて、です
日本の手話歌がつくと、フラができなくても、そういう意味なのねと理解はできます
ただ、残念ながら手話歌は誰でも歌える訳ではないんです
簡単そうで、そうでもないんです
特に、(フラのハンドモーションのことを「手話」という人もいるのですがそれは別として)日本手話の手話歌は、手指日本語や外国の手話歌より大変難しいのです
ある意味では、kahuna に似ていると言っても過言ではありません
それは、もう隠さなくても良い事と判断しました
今日は、手話歌で意味や心境を理解した上で、歌詞の1番を身体で覚えるために踊りを繰り返しました
これは、今後も、HULAに手話が言語のろう者が存在している限り、手話歌は無くしてはならない事と私は最初から確信しています
昔、旧手話パフォーマーズのDEAF Hulaで、手話歌でフラの意味を知るようになり、海が見えるわ、月で煌めく夜の海だー、ヤシの木が庭にあるー(美しいわ)、崖も見えるーみたいな、これこそイメージを描くことができる!!!ハワイは素晴らしい!て、その喜びを人と共有できるようになりましたね
ただ、マイノリティですと、意味もなく圧力をかける人がいるため、たまに押しつぶされそうになりますが、繰り返しますが、言語に手話がある限り、手話歌はなくなりません
マンネリ気分の時に動画で復習して反省したり、手話歌を歌ったりして気分転換にもなった今日でした
そして、出演に向けて改めて歩き出そうと思いましたね
最後まで読んでいただき、ありがとうございました![]()