少し長くなったので前編・中編・後編にわけます。
前編読んでない方はこちらをどうぞ。http://ameblo.mom/soyonoameblo/entry-10016425254.html
次の日、私は手紙の文面を空で言えるくらいに何度も頭で繰り返していた。
彼との待ち合わせに行くべきか。やめておくべきか。
行ったとしても私がニューハーフであることを彼に告げて、そのまま疎遠になるだろう。
行かなくても、気まずい思いで、コンビニから足が遠のいてしまうだろう。
どちらにせよ、会わなくなる。
それなら。
私は行って、彼と話をしてみようと思った。
もしかしたら色恋とかそういう話じゃないかもしれない。怪しげな絵とか壷を買えっていうんじゃない限りいいかと。
仕事あがり、私は店で化粧を一度落とした。
いつもならそのままだけれど、彼との待ち合わせにいくのに水商売のメイクは嫌だった。
軽いメイクに変えて、私は店を出た。
自転車のペダルを自分の意志で漕いでいるのかどうかわからなくなるくらい私は緊張していた。
みぞおちの辺りがギュウっとする。
交差点を曲がると、いつもの公園の、木が生い茂っている辺りが見えた。
自転車を電柱の脇に停めた。ひとつ深呼吸をして、膝くらいまでしかない赤茶けた鉄の柵を越えて公園に入る。
夜の公園はなんだかアンバランスだ。寝ぼけたように外灯に照らされるブランコや砂場。
・・・彼は?
すぐに見渡せてしまう小さな公園。
水のみ場の脇のベンチに人影があった。
私がその方向に歩き出すと、その影はゆっくりと立ち上がった。
「こんばんは」
パーカにジーンズ。私服姿の彼だった。
「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」
店ではそんな挨拶しか聞いたことがなかったし、彼の私服姿は余計に不思議な感じがした。
「こんばんは」
私も答えた。
出来るだけ女の子の声で。
流れによってはニューハーフであることを打ち明けなければならない。それでも、女らしく振る舞いたかった。
私達は少し離れて同じベンチに座った。
「あのー・・・今日はありがとうございます。」
「いえ・・・。」
「・・・・。」
「・・・・。」
会話が続かない。
「あ!そうや。」
彼は手に持っていたビニール袋をガサガサした。
「これ食べませんか?」
彼が差し出したのは「まるごとフルーツヨーグルト」だった。
私はなんだか笑えて。
「食べます。ありがとうございます。」
と、ヨーグルトとスプーンを受け取った。
「僕もこれ大好きになりました。美味しいですね。果物はまるごとじゃなくてちゃんと切ってあるけど。」
彼は自分の分のヨーグルトを開けながら言った。
空気がずいぶん和んで、私達は色んな話をした。
生まれたところ・趣味・どんな食べ物が好きか・・・
「あ、名前は・・・」
「そよ・・・そよです。綾瀬そよ。」
私は答えた。
たくさん質問をされたけれど「仕事は?」とは聞かれなかった。
彼はわかっていて聞かなかったのだと思う。
真夜中に毎日コンビニに寄る、化粧が濃い目の女と言えば水商売くらいしか思い当たらない。
「僕はこの間メモにも書いたけど大塚貴司です。」
彼は23歳だった。大学院生の一人暮らし。
昼間は研究、夜はコンビニのバイトをしていた。
実際にきちんと話してみると、23歳なりの男っぽさと、子供っぽさがいい感じでブレンドされていて、全然嫌いなタイプではなかった。むしろ好きなタイプだったかもしれない。
メガネの奥の一重まぶたの目が印象的だった。
「それにしても公園って懐かしいなぁ。俺久しぶりですわ。大人になったらこんな所来ませんもんね!」
彼はふざけて、公園の中央にある大きなドーム型の遊具に登り始めた。私もそれに続いた。
ドームの表面には石の足掛けがあってそれをよじ登っていく。彼はひょひょいっと登ったけれど私はヒールを履いていたのでなかなかに危なっかしかった。
「どうぞ」
彼が差し伸べてくれた手を一瞬迷いながら掴むと、グッと引きあげてくれた。
いつもコンビニで見ていた手だ。いつもこの手でバーコードを通して、袋詰めをして、お釣りをくれた。
ドームのてっぺんは大人二人が座るとそれだけでもうギュウギュウだった。
「今度…また遊んでくれませんか?」
彼が言った。
私は彼を見る。
彼のメガネにぼんやりとした外灯の白がいくつも映っていた。
「はい・・・。」
午前4時。初秋の明け方はまだもう少し先だった。
私は言い出すタイミングを失っていた。
自分がニューハーフだという事を。
あの待ち合わせの夜。
特に色恋話だったわけではない。ただ楽しく話しただけだった。
でもその「楽しく」が曲者だった。
「楽しい」から。
私は彼とよく遊ぶようになった。
楽しさの裏に真実を隠して、自分を正当化しようとしていた。
私の、彼に対する呼び方も「大塚さん」から「タカちゃん」に変わった。
タカちゃんは車を持っていなかったので、遊ぶときはもっぱらタカちゃんの自転車で移動した。
「なんか中学生みたいや!」
後輪のハブステップに私が立って、タカちゃんが運転した。
「そよちゃん、ちゃんと肩持っててや!」
「うん」
タカちゃんの肩の筋肉や骨のごつごつした感じが、やけに手のひらに熱かった。
私はタカちゃんと遊ぶようになって、仕事帰りにコンビニに寄るのをやめた。
水商売の匂いを彼に嗅がれたくなかった。
自分でもその心境の変化がよくわからなかった。
遊び始めてひと月ほど経った頃。待ち合わせ場所に現れたタカちゃんはメガネをしていなかった。
「どうしたん?コンタクト?」
「・・・やっぱ変?」
タカちゃんは慣れないのかしきりにまばたきをした。
「ううん、変じゃないよ、でもびっくりしたー」
「うぅ・・・目がでんぐり返りしてるみたいやわ。」
「でんぐり返り?」
「ゴロゴロするってこと!じゃあ行こう。」
そう言いながら、タカちゃんは不意に私の手を取った。
はじめてだった。
ふりほどく理由もなくて、私達は手を繋いで歩きはじめた。
二人とも急に無口になって、でも繋いだ手にお互いがひどく神経を集中させているのがわかった。
一人で歩くとごちゃごちゃして面倒だった人混みが、二人で、そして手を繋いで歩くと、すべてが愛しい何かの産物に思えるのはなぜだろう。
こういう感情が全てをうまく回していく潤滑油になる気がして、私はやっと私に会える。
人も、道も、車も、空も、秋も。
タカちゃんに出会ったこの街と同じように、私達の関係も秋が深まるにつれて少しづつ変わっていくんだろうか。
でも。そのままではいけないことはわかっていた。
私は嘘つきだ。
ニューハーフであることを彼にきちんと話さなければならない。
彼は、どういう反応をするのだろう。
タカちゃんとの日々は綺麗な川の流れのようで、でも私の思考はいつも最終的に淀みに流れ込んでしまう。落ち葉のようにくるくると同じ水面を回って途方に暮れているばかりだった。
12月。
タカちゃんとの公園での待ち合わせから2ヶ月ほど経とうとしていた頃。
私達は梅田の街をぶらついていた。
「そよちゃん、あの観覧車乗れへん?」
タカちゃんが指差したのは、HEPファイブの屋上にある観覧車だった。
大阪の中心に建つ大きなビルの、そのまた上に造られた大きな観覧車。
「あ、いいよ。」
軽く答えたけれど。
(もう・・・私は本当の事を言うべき時が来たんじゃないか)
そんな気がした。
ニューハーフであることを隠して、恋人のような真似事を続けていくことは許されないこと。
タカちゃん。
この人に、もう会えなくなるかもしれない。
私は高く高く夕空に回り続ける観覧車を見上げながら、悲しい予感が心に染んでいくのを止められなかった。
後編に続く
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