今日の記事は前から書いてたけど、遅々として進まなかった、私の一番のウィークポイントのお話。

なんか思い入れが強すぎて、逆にすごい稚拙な文になってしまったー

でもどうやっても、今の私には力量不足でここまでしか書けなかった。

何書いてんだ?って感じだけどよかったら読んでやってください。



   「Baby、ツナガッテイクンダ



私には少し年の離れた兄がいる。
早くに結婚して、今は子供が二人。
今日はその子たちのことを書こうと思います。



二人が生まれた時、私はまだ十代だった。
当時の私は疲れていて。
いつもずっしりと濡れた服を身に着けたまま、夜道を歩くような日々だった。



生まれたての赤ん坊は自分では何もできなくて、それでもいきていた。
精巧に出来たミニチュアみたいな体で、息をして。

二人を抱くと、ふるふるした肌から立ち上るミルクの匂いと、可能性の重みに、胸がくんとなった。


泣いて、飲んで、うんちして、笑って、眠る。
ただ、それだけなのに、二人はすべてを知っていた。
私もこうしてうまれたこと。
みんなこうしてうまれること。
人が人のいのちをつないでいく。生々しくて、温かい。
いきることに意味なんてなくて、

いきているから、いきる。

皆がリレーのようにつないできたものだから。

いままで走ってくれた沢山の人と同じように、
単純だけど美しく、重いものをつないでいく。



二人がうまれたことは、真珠だった。
私が歩く夜道を淡く照らす、空に高く浮かぶ真珠だった。
とぼとぼ歩いて疲れ果てて、もうダメだと見上げた深い藍の空に、いつもいのちの光を落とす真珠が。

私が、いのちに思いを馳せると、いつも赤ん坊の頃の二人がいた。



トモに子供が出来たと聞いた時(http://ameblo.mom/soyonoameblo/entry-10012224945.html )、私が心から喜べたのは、二人がうまれてくれて、いのちを私に教えてくれていたから。
きっと両親が私をうんだ時に、私も同じように教えてきたこと。
この世にただうまれてくれた。

それだけで、二人は私の人生の大切な部分をつないでくれた。




二人共少しづつ大きくなって、無邪気に子供時代を過ごしてくれた。
それを見ているだけで、私が遣り残してきたと感じていた「普通の」子供時代を、私自身が昇華して、過去を残念に思う気持ちがぐんと減った。



私がニューハーフになった時。
小さな胸でそれをどんな風に受け止めたんだろう。
私は二人には二度と会えない覚悟をしていた。

自分の勝手で選んだ道に、巻き込みたくはなかった。


だから二人が真実を知るところとなった時。
どんな顔をして会えばいいのかわからなかった。


「ごめんな、こんなんになって・・・」
私が言うと
「ううん、なんで?あやまらんでええやん!」

小さいなりに考えて、私を傷つけないようニコニコしている。

そんな苦労をさせて、心底申し訳なくて。溢れそうになるのを必死でこらえた。



因縁、血。
そういうものがもしあるのなら、オカマにうまれたのが私で良かった。
この子たちじゃなくて、本当に良かった。
悲観的な意味じゃなくて、心からそう思う。



ごめんね、二人とも。

胸を張って人に紹介できるような叔父じゃなくてごめん。
私はこんな風に生きることしかできなかった。
あなたたちがもっと大人になって、世間を知ったとき。
また私に対する意識が変わると思う。
でもその時に、私にだけ示せる何かがあるんじゃないかと、頑張っています。



「おみやげ!」
そう言って、くれたストラップが今日も私の携帯で揺れている。


ありがとう。
二人がつないでくれた、カコ・イノチ・ミライ。
ドコマデモツナガッテイクンダ コレカラモ、Baby。


                    了


本当に自慢の子たちです。

二人とも優しい子に育ってくれました。

叔父バカじゃなくてー。

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