羞恥心…
恥ずかしいと思う気持ち…
それはどこから来るのだろう…
先日、のことである。
同僚の方が…
「しまった❗」
「靴下を履き替えるのを忘れた…」
「こんな事して恥ずかしいわ~」
そんなことを言っている。
その方は几帳面な方で…
通勤用と仕事用で靴下を履き替える。
(私はそんなことはしないが…)
しかし、私には…
どうして恥ずかしかわからない。
そもそも他人の靴下…
どれが仕事用かなんて覚えていない。
要するに…
黙っていれば気づかない。
それにも関わらず…
自ら口にして恥ずかしがっている。
ここは非常に面白い。
恥ずかしい…
それは自分の心の中にある。
自らで作り上げたモラルや常識を逸脱する。
そして、自分を責める。
自らで落ちていくのと同じである。
私的にはむしろ…
「わざわざ履き替えているんだ~」
と、感動するばかり…
恥ずかしいどころか…
凄いと思うくらいである。
しかし…
このようなことは誰にでもある。
自分を誉めることは皆苦手…
責めることは非常に上手である。
自らで作り上げた常識…
それこそが制限である。
自分が創造した制限の外側…
そういうことになる。
自らの常識は他人の非常識…
恥ずかしい…
それは…
自分だけの思い込み…
その一つであることは間違いないだろう。
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