最近つくづく思う事がある。
それは、出来事の表と裏である。
人に関わる事もその一つである。
教える事は、教えられること…
子供に何かを教えているようでも、
実際に学んでいる事の方が多い。
それは、人と関わる時は全て同じではないのか?
最近、特にそう思うのである。
人に強く当たるような方は、心に闇を抱えている。
人に怒鳴りつけると同時に、
自分に怒鳴りつけている…
「こんなはずではない…」
「これは、わたしではない…」
「誰か助けて…」
その苦しみが伝わってくる。
どんな言葉を発しようとも…
そんな風に聞こえたりする。
しかし…
こちらから何かを伝えようとしても、
受け入れられることはまずない。
自らの牢獄の中で、叫んでいるのである。
私の父などはこの典型である。
「救えるのはお前しかしない…」
神様にそう言われたが、その方法は想い浮かばない。
出来事の表と裏…
これはある意味でこうも捉えられる。
「父の心を救うことが出来たら一人前…」
そういうことが言えるのであろう。
人を変えることはできない。
自らで変わる必要がある。
人の言う事は聞けても、子供の言う事は聞きにくい。
これはワンランク高いミッションなのである。
同じような方は沢山いる。
この状況は良く聞くパターンである。
受け入れられない人の心を開く。
焦れば焦るほど遠くなるような気がする。
出来事には必ず表と裏がある。
裏の出来事に気付くことが出来たら…
向き合うことも面白くなって来る。
それは…
表の出来事(この世で起きる事)はさほど重要では無い。
裏の出来事こそが本当の出来事。
私的にはそう思えるからである。
攻撃的な言葉の中に含まれる本当の心…
出来事の表と裏…
「ここまでせなあかんのか?」
この世は本当に面白いところ…
つくづくそう思うのである。
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