空の宇珠海の渦 第七話 揺れる心 その三十四 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話







「佐伯様…もう行かれるのですね…」


明慧は、淋しそうであった。
 

その後ろに、薺と慧鎮が立っていた。
 


so_7_34_1_530.jpg





「また、戻ってくる…」


真魚が笑ってそう言った。

 

「本当ですか!嘘はだめですよ!」


明慧の喜びが伝わってくる。
 


「一仕事、終えた後にな…」


真魚がそう言って笑っていた。



「これだけのものがある…」
 

「行基殿がそう言っている…」
 

その真魚の言葉が、慧鎮には分かる。
 


真魚が来た理由。



義淵の声を聞き、行基の想いを受け継いだ。



そして、自分達が出会ったのも…
 


決して偶然ではない。
 


確かな答えはまだ見つからない。
 


だが、慧鎮にはそう思えた。
 


「約束ですよ!佐伯様!」


離れていく真魚に、明慧が叫んだ。
 


その声が、桃尾山に響いていた。









嵐が歩きながら、何かを考えていた。


「あの薺という女…慧鎮に気があったのか?」
 


ひゃひゃはっは~



下品な笑い声…



「今頃そんな事に気付いたのか…」
 

ほどなく、後鬼が跳んできた。
 


「呆れてものも言えん…」


そのあと、前鬼が跳んできた。
 


「その心がなければ、あの呪は成功しておったかも知れぬ…」
 

前鬼はそう見ていた。
 


「助かって欲しいが…半分…」


「恋しい心が…半分と言うところか…」

 
後鬼が嵐に詳しく説明する。



「だから、中途半端になってしまったのか…」
 

元々、興味がない嵐も納得している。



「理を曲げるような強い呪は…」


「自らの為に、使うべきではないのかも知れぬ…」


「願いは叶うのじゃ…どんな形であれ…」


後鬼はそう思っている。



「それに…」


「薺にそれだけの霊力が、備わっていたかは疑問じゃ…」
 

前鬼がそう付け加えた。



「確かに…真魚はあの神を呼んだのだからな…」
 

嵐は目の前で見ている。



布都御魂大神



真魚は、その神を呼び寄せた。



「なんと…真魚殿…ひょっとして…」


後鬼が、その事実に驚いている。
 


「ま、俺の足下にも及ばぬが…」
 

「なかなかの奴であったぞ…」

 
嵐が、自らの手柄のように言う。
 


「布都御魂大神…をか…」
 

前鬼が、その神を知っていた。
 


「ま、それが一番で、確実かも知れぬ…」
 

呪の綻びを解く。
 

後鬼の考えは、そうであった。



「みんな喜んでおったな…」


「これも真魚と俺のおかげか…」
 

過剰な自己評価はいつものことだ…


嵐には、この事実だけでよかったのだ。



「俺は何もしておらぬ…」


「切れかけた糸を、結び直しただけだ…」


真魚が笑っている。
 


「前よりも強く…か…」
 

嵐がその事実に呆れていた。





so_7_34_2_530.jpg





唐から帰った空海が、桃尾山の龍福寺を再興したことは記録に残っている。


その時、空海の力になった者達が存在したであろう。


そこに、盲目の修行僧がいたかどうかは…誰も知らない。


その寺は現在、大親寺となっている。


だが、その頃の面影はもうない。


山中にひっそりと、佇んでいるだけである。



桃尾山の大いなる波動は、今もそこにある。



桃尾の滝の音は、今も谷に響いている。



第七話   揺れる心 完