聡真と父が、浜で船を修理していた。
船が無くては漁は出来ない。
改めて見ると、鰐の歯の後が痛々しい。
「良く生きていたものだ…」
聡真の父、万次が船を見て言った。
「そうだね…」
聡真は万次に話を合わせた。
だが、真魚と嵐に助けられた事実を知っていた。
「お兄ちゃん、あれ…」
様子を見に来た那海が指をさした。

空に一筋の光が見えた。
「真魚、嵐…」
聡真はすぐにそう思った。
理由は分からない。
「もう帰っちゃうのかな…」
那海もその事を否定はしない。
「また、会える…きっと…」
聡真がその光を見て言った。
「そうよね…また会えるわよね…」
那海はその光を、愛しげに見つめていた。
朝陽が照らしても、誰も目を覚まさない。
海賊達は眠っていた。
夜通し飲んで騒いだ。
兄の有我も動く気配が無い。
「ご馳走になった礼を、せねばなるまい…」
一晩起きていた結希に、嵐が言った。
「礼なんて…」
「私の方こそ、有り難いと思っています」
それが、結希の素直な気持ちだ。
「それは、それだ…」
嵐がそう言うと霊力を解放した。
その霊力で大気が押され、砂が舞い上った。
結希は目を瞑っていた。
次に目を開けた時には、美しい獣が目の前にいた。
「嵐…なの…」
結希は、開いた口が塞がらない。
ただの犬ではないと感じていた。
だが、想像を遙かに超える霊力であった。
「言っただろう、俺は神だ」
嵐が、眩き耀きの中で言った。
真魚が立ち上がった。
「では、行くか…」
「行くって、どこへ?」
「来れば分かる…」
嵐の背に飛び乗った真魚が、結希に手を差し伸べた。
結希はその手をしっかり握った。
そして、真魚の前に乗った。
「何だか…恥ずかしい…」
結希の頬が赤い。
無理も無い。
結希にとっては、初めてのことだ。
「しっかり掴まっておれ!」
嵐がそう言うと、飛んだ。
「きゃぁ!」
結希は意表を突かれ、落ちそうになった。
その身体を、真魚が抱き留めた。
「あ、ありがとう…」
真魚に後ろから抱かれ、結希の頬は更に赤くなった。
走ると思っていた結希は、眼下の海を見て驚いた。
「飛んでる…」
「船がないと思っていたら、こういうことだったのね…」
結希の疑問が一つ消えた。
真魚達の船が見当たらない。
その答えが、嵐であった。
「でも、気持ちいい…」
結希は全てを身体で受け止めた。
風、潮の香り、太陽の光、海の生命。
「海賊にしておくのは、勿体ないな…」
真魚は、結希の才能にそう言った。
「上に行くぞ!」
嵐は高度を上げた。
あっという間に、島が小さくなった。
「すごい!」
身体に感じる波動。
結希の感動が止まらない。
「大地って…丸いの…」
結希は、その曲線に目を奪われた。
「水平線が少し曲がって見えるのは、こういうことなんだ…」
自分が見ていたものは、ほんの一部。
結希は、その事に気がついた。
「すごい、すごい、すごい~っ!」
気がつくと結希は叫んでいた。
結希の感動が溢れている。
「この辺りでどうだ…」
嵐が止まった。
「ああ…」
結希は、目の前の光景に声が出なかった。
宇宙との境目。
嵐の霊力に守られていなければ、命はない。
「星…大地って、星なの…」
結希の思考が混乱している。
空に輝く星。
全部に人が住んでいる。
結希はそう思っていた。
「この星は…希だ…」
真魚が言った。
「これだけの生命に溢れた星は、そう多くない…」
「目を閉じれば分かる…」
真魚の言葉で、結希が目を閉じた。
「あ…」
その瞬間に、結希の身体が輝いた。
光が飛び込んでくる。
それは、身体をすり抜ける。
結希の魂が、それを受け止めていた。
「これが…生命…」
結希の廻りに、金色の光の粒が舞い降りる。
「全ては純粋な生命だ…」
真魚がそう言った。
「これが…命の…元…」
結希は手を広げた。
身体と魂が一体となる。
光の粒が、手に触れる。
全てが、愛おしく、儚い。
「そして、神の心だ…」
真魚の言葉で、涙が溢れた。
儚く、尊い…
切なく、悲しい…
存在自体が、希だと感じた。
奇蹟であった。
その事実に、涙が止まらなかった。
「世界はこれで…出来ているの…」
結希は、全てを抱きしめようとした。
『その必要は無い…全ては共にある…』
光の粒が、結希に話しかけた。
言葉では無い。
それは、意思だ。
「結希、良い名をもらったな…」
文字の読めない嵐が言った。
だが、込められた想いは、分かっていた。
「望みを結ぶのでは…なかったんだ…」
父は、自らの意思を、押しつけたのではなかった。
希であるもので、世界は出来ている。
「父にとっては、愛しく、尊い命だ…」
真魚は、父の想いを感じていた。
神と共に、自らも尊い事を知った。
「ありがとう…」
結希は、父に感謝した。
生命の器に、全てを受け入れていた。
- 魂の器 完 -

-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-